2013年3月23日土曜日

「ミラーレス一眼」と言う呼び名

 ミラーレスの話をするとき、「じゃぁ、レンジファインダーもミラーレスだよね(ドヤァ」ってヤツいるけど、ああいうの見た時、"嘲笑(わら)えば良い"のでしょうか?
 でも、「HOLGAだろうとRollei35だろうと、レフレックスミラーのないカメラですから! 大判カメラもミラー付いてないし!」 とか、言っても変な顔されるだけなので、黙っておきましょう。

 あと、一眼レフというと、ニコンFだの、キヤノン1Dだのって形を連想する人が多いけど、SX-70や、ハッセルブラッドだって一眼レフだからね。

 「レフ」と「一眼」をそれぞれ当てはめるなら、レンジファインダーは、ミラーレス二眼となってしまう。そこに光学ファインダーを載っけると、ミラーレス三眼って事になるの?
 ファインダーは別だって言うと、「二眼レフはどーなるんだよ!」とか「大判カメラは、ファインダーも撮影用も両方とも同じだぞ!」とかなっちゃうよね。
 なんか馬鹿な話じゃない?

 大体、レフレックスミラーとレンズの数だけでカメラを分類するって言うのは、昔、その分類の方法で上手く行ったってだけで、別に絶対的な理由があってその分類か決定したわけじゃない。
 構造なんて、好き勝手に決定できる訳だから、今後もそう言う分類外のカメラが出てくるのは目に見えている。
 一眼レフなのか(狭義での)ミラーレフなのか、ってのを言葉だけ捉えて、アレコレ知ったかぶりするのは、はっきり言って知恵が足りないよ。


 ミラーレスを馬鹿にする自分に酔ってる人もいれば、一眼レフがただ重たいだけのカメラだって馬鹿にして、やっぱり自分に酔ってる人もいる。
 結局、「どんなカメラが優れたカメラなのか?」なんて不毛な話になる。それは、どの宗教が一番正しい宗教なんだって言うようなもので、議論すること自体、馬鹿馬鹿しいよ。

 カメラに限らないけれど、ベストなものと言うのは、人によって千差万別だ。そこをどうにかして、自分の価値観こそが唯一だとか、絶対だとか、最高だとかって言い張るから、宗教戦争が起こる。
 しかし、よく考えてみれば分かることだ。それを我々人間如き存在が、言い争って決めつけるのって、不遜な事じゃないかな?

 神学云々は兎も角、自分の価値観の正統性を主張するのは、自分の価値観に不安を持ってるからなんだよね。自分が誤った選択をしてきたんじゃないかって思ったりして。
 そんな挙動不審な態度で、一体どんな写真を撮るの?
 なんか、こう、いい歳こいた大人が必死になる事じゃないよね。

 自分が、それを最高だと思う理由があれば、それだけで充分じゃないかな?
 勿論、そう言う理由を他から拾ってきて、我が物のように口にするのは、自分がないって言うか、初めて聞きかじった言葉を使いたがるオコサマみたいな感じだけどね。