2013年3月20日水曜日

コストパフォーマンス

 コストパフォーマンス、通称コスパ、CPだが、アレってどうにかならんのか?

 特定のレンズやカメラを指して、アレはコスパがいいだの何だのと言う人がいる。
 先に結論から言えば、自尊心の問題である。
 高いカメラを買う人に対して、自分はそれよりも賢い消費者ですよと、自分と他人に主張したいのである。

 パフォーマンスが定量的に測れない限り、CPをちゃんと比較する事は出来ない。比較出来ないものを、良いとか悪いとか言えるはずがない。
 写真のパフォーマンスとはどういうことだろうか?

 殆ど区別の付かない画質の写真、二つを比べて、安いカメラの方が良いと言う事は出来るだろうか?
 でも、それは、当然、その写真での区別であり、他の撮影環境や、被写体では、同じ事は言えないかも知れない。

 また、値段の違うレンズ二本で撮った二枚の写真の区別が付かないなら、安いレンズの方が良いとも言える。だが、それも、単に良い方のレンズの性能を引き出していないだけかも知れない。


 確かにCPが高いと言えるレンズは存在する。
 キヤノンのEF50mm F1.8 IIに対する高い評価は、以前からあちらこちらで目にする。そして、純正のレンズにしては破格の値段である。
 また、タムロンの17-50mmF2.8なんかも、「スペックに対してお安い」と言う話をしばしば耳にする。

 勿論、要求した性能以上の性能は不要なはずだ。
 だから、その性能で満足できれば、それが最高の商品である。
 例えば、ポスター大に引き延ばす必要がなければ、極端に大型のカメラを買う必要もないのだ。

 もっと嫌みなことを言うと、記録用の写真を撮るだけなら……オフ会楽しかったですよとか、イベントでレイヤーさんとコミュニケーション取りましたよとか、○○系電車のラストランを見に行きましたよとか、ってレベルなら、コンデジだのケイタイだので充分なのだ。
 とは言え、見栄とか、所有欲とかってのは、"高ければ高いほどよい"ので、その為に買っていると言うなら、それはそれで立派だし、そう思うのならば、堂々とそのように言えばいいことだ。

 写真がらみの情報を探っていると、「ただ仕事をするだけなら、そんなに大きなカメラはいらないが、クライアントが立ち会ったとき、小さなカメラを使っていると、嫌な顔をされる」と言うような記事やブログエントリーを、過去に何度か目にした事がある。
 素人が、仲間内で撮影会するにも、大きなカメラの人の方がデカイ顔が出来るなんて、馬鹿馬鹿しいカーストが存在しているなら、それは致し方ないのかも知れない。

 「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」と言う格言はあまりにも有名だが、同じ穴でも、(必要もない真円度や工作精度をアピールするなどして、)価値が高いと消費者に思わせれば、一部の層は、ただの穴よりもより多くのお金を払うのだ。


 ひょっとしたら前に書いたかも知れないけれど、
「カメラ屋に展示してある常連の写真で、一番多くの意味を持つのは、写真そのものではなくて、併記されたカメラとレンズの名前である」
 だが、彼等は決して、そのような事実を認めまい。「この写真を撮るにはこのカメラが必要だった」とか「この画質は、このレンズだからこそ」と言い張るだろう。
 しかし、考えてみよう。我々が欲しいのは「良い写真」なのだから、CPにせよ、装備そのものの性能なんて話は、実にどうでもいい話である。
 見栄でカメラを持っているなら、堂々と公言すれば良いし、それが嫌なら、婉曲な自慢話などするべきではない。
 写真は、嘘を写すものである。そうならば、せめて、自分自身には正直でありたいものですね。