2013年3月22日金曜日

お前らのモニターは当然これが見えるよな?

お前らのモニターは当然これが見えるよな?(http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3724224.html)

 具体的に、こういうテストを行うと、モニターの性能差が見えてくる。
 細かい所に拘って、頑張って設定しても、そこで全て決まってしまえば、どうにもこうにもならない。

 とは言え、良い写真は、どんなモニタで見ようと良い写真ではないだろうか?
 写真の善し悪しは、もっと決定的なところにあって、スタートがかすりもしなければ、他でどんなに神経質になっても、届かないものは届かない。

 少しは近づけるのかも知れない。と希望を持つ人はいるだろう。
 けれど、カメラの性能が良い写真を産むのだとすれば、往年の名写真家の写真の数々より、原題は、もっと良い写真が、もっと膨大な数出回っていなければおかしくなる。
 時代を震えさせるような、人間を変えてしまうような写真を、我々は具体的に、幾つ知っているだろう?


 それでもなお、人が"画質に"お金を掛けるのは何故だろうか?
 解像度やMTF曲線図なんてのは、誰でも比較出来るからだ。掛けた金額そのものだって、代用変数になる。
 誰でも比較出来ると言う事は、頭を使わずに目指す方向をはっきりさせる事が出来るし、どんな人でも同じ評価をすることが出来る。

 "画質"はお金を掛けて機材を掛ければ、才能も頭も努力も使わずに実現出来るから。
 つまりそういう事だよ。
 そういうのが嫌なら……