2016年12月31日土曜日

今日の散歩




2016年12月13日火曜日

コレクション的に写真を撮っていやしないか?

 こう、写真はまぁ、記録の手段でもある以上、記録的な写真がいけないとまでは言わないけれど、写真を撮る態度として、コレクション的であるのは、被写体に対する敬意がないんじゃないかと思うのだ。

 コスプレ写真なんかの場合、一定数、あっちこっちの人の写真を撮ってナンボって感じの人を見かける。
 いや、それで上手いんなら、撮り慣れてるとか、出版社で仕事してるのかな? とか思ったりするのだけど、決してそう言う写真ばかりではないのだ。

 ここで、向上心が云々とか言う、モラハラめいた言葉を言いたい訳じゃない。
 貴方にとって、その一人一人は、"数"の一つに過ぎないのではないのか? と言うことである。


 これはトリエンナーレの時によく見かけた光景だ。
 作品全体を眺める事もなく、写真を一枚パシャリと撮って、そそくさと次の作品に足を向ける人をしばしば見かけたのだ。
 中には、「こうやって鑑賞する」と言うような作品(鑑賞者がその状態にある事が作品となる)に対しても、入り口付近で写真一枚で済ました人もいた。
 これは、単に、展示してある作品をコンプリートしたと言う証拠の為に撮っているだけなのだなと言える。
 要するに、作品を見たと人に言う事が重要であって、一つの作品が何であるのかと言うのは、実際どうでもいいのだろう。


 他に思い当たるのは、撮り鉄だろう。
 全部がそうではないけれど、「珍しい車輌を3:7の構図で撮る」と言う事が目的になり、恰好良く撮ろうとか言う考えのない写真をよく見る。(この偏執狂的発想が、沿線の木を切るとか、柵=鉄道施設を壊すなどという迷惑行為に繋がるのだ)

 一番辟易としたのは、いつか通勤で使ってた駅に、大量の撮り鉄が押しかけた時だ。
 さる電車のラストランだと言うので、ホームは大混雑な訳だが、あんな状況で、よい写真が撮れる筈がない。
 とどのつまり、ラストランを見に出掛けたと言う記録が必要なのであろう。


 コレクション的な趣味がいけないと言う訳ではない、だが、君の行為に敬意はあるだろうか?