僕の写真体験は、実に否定的なものばかりだ。恐らく、僕の写真に関しての意識は、それに強く裏打ちされている。
写真に限った話をするなら、人生の初期に於ける、実にクリティカルな出来事は、小学五年生の林間学校での出来事だ。
正確に言えば、林間学校の数日後の出来事だ。
ハイキングだの、キャンプファイヤーだのに同伴したカメラマン(と言っても街の写真館の主人か何かだ)が写真を撮って、後日それを掲示、各自好きな写真を申し込むと言う方式で、当日の写真を手に入れる事が出来た。
その中で、僕は僕がメインで写っている写真――背景には軽く映り込む程度の人影しかない――を選んだ訳だが、学校の嫌われ者だった僕は、底意地の悪い人間が結託して、写真を買い占められた事を後に知る。
その写真屋も、何故申し込まれた数だけ焼き増ししなかったのか謎であるが、兎に角、教師からは売り切れて渡す写真がないと、支払った現金が一枚分だけ返却された。
買い占めた連中や、アホな写真屋、何の調整も出来ないクソな教師に向ける腹立たしさもあったが、そう言うものが過ぎ去ってみると、実際、僕がそのように写った写真に何の価値もない事に気付くことになった。
僕があの場にいたという記憶だけは、僕のものであり、そして、写真を奪ったところで、僕からそれが消える事はないという事を、この時悟ることになる。
それ以降、僕は記念写真というものを、人並みに評価することは出来なくなった。
どれぐらい関心を失ったかというと、その時の写真が紛失したままにして、全く気にならないぐらいだ。
そして、今、僕の子供の頃のアルバムを全部焼き捨てると言われれば、強いてそれを止めようなどとは思わない。
尤も、幼少期の実に酷い写真の数々を積極的に焼き払う事もしない。
僕がそれをそうしないのは、己の過去をそんな風にして否定してやろうと思わないだけだからだ。
人間は、どのような形であれ、過去が自身を形作る。
物証があると言う事が、自分の価値を高める訳でもないし、同時に何らかの恥ずべき出来事も、物証を消し去れば己自身の価値を落とさないで済むと言う事にはならない。
写真を残したからと言って"賢く"なる訳でも"偉く"なる訳でもない。人に自慢したところで誰も君を評価しないだろう。
それ以降、大人になるまで、僕は、写真機と言う道具を、その程度に過小評価していた。
否、それなりに写真を撮る事自体に興味がなかった訳ではない。しかし、それはせいぜい、男の子が機械に興味を持つという程度の事だ。
「写真は表現の手段である」と言う事に気付く前の頃の話である。
他にも幾つかの否定体験と、紆余曲折から僕は二十歳そこそこの頃にカメラを持ち、またカメラから離れ、そして再びカメラを持つことになったのだけど、その辺に関しては、とりわけ面白い話はない。
小さな事に、少しずつ気付いていったと言うだけのことだ。気が付けば何かを書くかも知れないが、多分、今日ほどのボリュームで書くことはないだろう。
もう一つ、僕の写真に対する態度を決めているのは、僕が"無感動な男"であると言う事だ。
目の前に有名人が現れ、また彼がファンの写真撮影に対して好意的であったとしても、僕はRollei35もD300も、iPhoneも取り出さないだろう。
鉄道は子供の頃、好きな方であったが、今は別に、目の前にドクターイエロー※が現れても驚きはしない。
格別に好きなアニメキャラも声優も、或いはアイドルもいないので、イベントに出掛けたいとは思わない。
コスプレはどちらかというと、洋裁に対する興味の方が強い。
人と話をするのは嫌いではないが、特別にそうしたいと願う人物は、有名無名を問わず存在しない。
特別に撮るものはない――それこそが、写真に対して深く考えさせる何かである。
※ドクターイエロー
新幹線の試験車両の事、黄色い塗装はまるで「黄色い救急車の都市伝説」を連想させるが、半可通な人に言わせると、レアキャラらしく、見ると幸せになるとか何とか訳の分からない"伝説"が勝手に作られている。
名駅で既に何度か見かけたが、私が幸福であるかどうかは、見ての通りである。
2013年12月31日火曜日
2013年12月30日月曜日
2013年12月29日日曜日
2013年12月28日土曜日
2013年12月27日金曜日
2013年12月26日木曜日
2013年12月25日水曜日
2013年12月24日火曜日
2013年12月23日月曜日
2013年12月22日日曜日
2013年12月21日土曜日
年末なんで今後のカメラとか考えてみる
トーシローが偉そうな顔して喋るだけだから、あんま気にせんといて~
と、予防線を引いておく。
まぁ、去年に引き続き……なんて話なんだけどさ。
ミラーレスが好調だという話は、最近聞かない感じだなぁと。
要するに、コンデジ使っていた人が、スマホとミラーレスに移ると、それ以上流出元が確保できないって事なんだなぁと。
残る一つの流出元である一眼レフからの乗り換えだけど、これははかばかしくないんだろうなと。
特に欧米ではなんやかんやで、デカイカメラの方が好まれるみたいで、「人の好みはそんなもんだ」と言われると、そうなんだろうなと。
もう、暫く前から言われていることだけど、m4/3だって商用撮影に使えるぐらいの性能がある。でも、クライアントが不安がるからor安く見られるから、結局フルサイズの一眼レフ使ってるよと言う話がある。
KissFを首から提げた男が、ミラーレスをdisってたなんて笑い話もあるし、その辺からするとどうしようもないんだなと。
尤も、カメラは見た目で選べという僕だから、デカイカメラ持った自分が素敵と思えば、そーゆーのでええんでないの? と言う所か。
特に印象的な現象と言えば、SONYのα7の事だろう。
あの大きさ、あの軽さなのにフルサイズというのは、実に素晴らしいことだが、思ったほど反応が薄い。
それはまるでマックのサラダみたいなものだ。マックでアンケートを採ると、必ずヘルシー志向のメニューが欲しいと言う要望が無視できない数出てくる。それを真に受けて、低カロリーな商品を出してみるのだが、客は反応しないという話だ。
フルサイズのミラーレスは、随分以前から待望論を耳にしていたが、結局、こういうスペック志向の連中は、デカイカメラが欲しいだけなのだ。
デカイのがお好きなら、マミヤでもペンタックスでも中判買えばいいものだが、要するに欲しいのはニコンなりキヤノンなりのロゴであったりするのだろう。
結局、一眼レフは今後も売れ続けるのだろうと思う。ミラーレスの性能が追いついたとしてもね。
その頃には、もう、人間の網膜から映像を撮れる時代になってるから、どうでもいいかなとか(ん
ニコンに関して言えば、ラインナップの重心がフルサイズにシフトしつつある気がする。
正確に言えば、APS-Cのボリュームそのままに、フルサイズのラインナップがどんどん肥っている。
現在、無駄に幅の広いラインナップを取り揃えているが、リソース的に大丈夫なん? と心配したくなる。
先に書いたように、一眼レフからミラーレスへのシフトが思うように行かないなら、APS-C一眼レフを絞っていく理由はない。この辺のジレンマが生じているのかも知れない。
少なくとも、世界的な動きとしてミラーレスが売れ出さない限り、ニコンのどっち付かずなラインナップは解消されないだろう。また、キヤノンも本腰を入れてミラーレスを開拓しようなどとは思わないのかも知れない。(この前、漸く二代目のカメラを出したけど、レンズは未だに三本しかない訳だし)
カシオに関する記事(カシオが「高級コンデジ」を作らないワケ)を読む限りでは、販売予想がキチっとしていれば、まだまだ商売やってけるって話なので、そういうもんなんだと納得するしかないかなぁと。
しかし、細る市場の中で、ニッチなモノを提供するってやり口は、トイデジを出していくのと似たようなモノで、黒字にする事は出来ても、デカくはなれないんじゃないかなぁと。
個人的には、ソニーのRX-1/Rなんかは、実によいカメラだと思うのだけど、あんな値段出して、単焦点でレンズ交換も出来ねぇカメラなんて、写真好き(not カメラ好き)しか買わない。
世の中は、写真好きよりも、カメラ好きが多く、そして圧倒的多くの「写ればいい」と言う人がいる。
もっと悪い言い方すれば、こんな高級コンデジよりも、ブリッジカメラの方が「それっぽい」訳だし、「写ればいい」人からすれば、高倍率のズームの方が望ましいのだ。
確かに、スマホに出来ない事をしたくて、且つ一眼レフを買うまでもない人が買うカメラとなると、ブリッジカメラは悪い選択肢じゃなさそうだ。
充分割り引いて考えても、そこそこのズーム倍率があるコンデジを選んで、妙な機能や、凝った性能はあんまし求めないだろう。
ただ、スマホの画素数がずっと上がって、デジタルズームがもっと綺麗になる可能性はあるし、笑顔検出だの動物検出だのもソフトウェアの問題だから、"コンデジ"に拘る理由は少ないかも知れない。
前にも書いたように、カシオのEXILIM EX-10やキヤノンのNなどは、写真表現としては実に有意義な試みだが、カメラを持つ人の中で、表現を目的としている人が、現実問題、どれぐらいのボリュームあるのか? と言う問題である。
アマチュアの世界は、まぁ、どうだって良いよ。
フィルムカメラ使う人が増えることは考えられないし(お
そんな事よりプロの話だ。
まずは、シカゴサンタイムズのカメラマンをリストラした話、結局再雇用することになったとか。
「カメラマンをクビにしてiPhone撮影に切替えた新聞社がカメラマンを再雇用することに合意
(GIGAZINE)」
とは言え、コレって不当解雇だってモメてた労組に折れたって話で、「iPhoneの写真じゃダメだったわぁ」って話じゃないからなぁ。(背景の一部にそういうのがないと断言は出来ないが)
そう言えば、何処かの子供写真専用スタジオは、プロのカメラマンを頼むんじゃなくて、育児経験のある女性を雇って、写真技術を教え込むんだとか。(子供の扱いに慣れているから)
確かに、同じスタジオで撮るわけだし、同じ構図を使いまわしても文句なんて言われないから、ある程度の技術を教えれば、それぐらいできるわな。
一方、子供の扱いばかりは、研修してどうのって出来ないから、この考え方は合理的なんだなぁと思った次第。
写真も写真で、決定的瞬間の方がクォリティより優先される訳で、今や誰しも携帯電話にカメラが付いている時代なら、その瞬間が写った写真なり動画なりを報道は欲しがる。
こういう写真をツイッターに上げた直後、何処の馬の骨とも知れぬ記者が"使用許可"を願い出ている光景も、今や珍しくなくなった。
常駐のカメラマンを多数配置しなくても良いと言う事か?
勿論、「プロの方がいいって分かっている。でも予算がないから、社員が(記者が)写真を撮るんだ」と言う話はよく聞く。
でも、予算に対して削減しても良いと言う対象であるなら、所詮はその程度の仕事なのだろう。
カメラの性能が上がっているから、写真技術の技能者なんて特に必要ないんだよねと。
そう、技術者としてじゃなくて、センスとか或いはネームバリューがないと使う意味がないんだねと。
更に、CGのコストも凄く下がっている。今の工業製品は3D-CADで設計されている事が多いから、モデリングも楽ちんで、モックアップを作る事なく広告を打てるのだ。
携帯電話みたいなライフサイクルの短い商品となるとスピードも要求され、設計段階から広告を作れるメリットは大きい。
こういうシフトが、現場レベルでどれぐらいの規模で起こっているのかは知らない。でも、「食える食えないで不安に思うならプロなんて目指すな」なんて話があるぐらいだから、アマチュアのプロごっこで楽しんでいるなら、そこに安住するのは悪くあるまい。
前から変わらない傾向だが、これからはより刹那的なものになるだろう。
例えば、僕は写真を撮る数が少ないので、フィルム写真をネットに上げる時なんて1シーズン遅れぐらいになってしまっている。
だが、人々が求めているのは「今」の感動な訳だから、年末になって、桜の写真や向日葵の写真など出しても誰も反応しないのだ。
それどころか、忘れ去られる事さえ求める動きもある。
Snapchatである。
このサービスが、今後どれぐらいのポジションに残っていくのか不透明だが、しかし、バカッターよろしく、犯罪自慢を喜ぶ向きには快適なサービスであるに違いない。
証拠は残らず、「面白いヤツ」と言う評価が残るのは、彼らにとって実に都合のよい事だからだ。
消える消えないは別として、少し前の"話題"なんて誰も見向きもしない。
タイムラプスやHDRなんてのは、ひとたびネットニュースに流れると、あっと言う間に消化されて、続報を誰も待ってくれない。
そうして、そうしたネタを、遅れて誰かがツイートなんかすると、「もう一月も前のニュースじゃねぇか」と苦笑いされてしまう。
一方、「保持していれば誰か見てくれるだろう」と言う希望も、多くの人が持ち続けるに違いない。
それはないにしても、自分の家の(いつ壊れるか知らない)HDDに仕舞っておくより、ネットに上げておいた方が安心できるという現実的な考え方を持つ人もいる。
そうなってくると、大きな容量で写真を管理するサービスと言うのも重要になってくるかも知れない。
この辺は、管理コストの問題から、有料サービスとなる訳だが、Flickerの改悪(課金ユーザは容量無制限だったものが2TBまでの制限になった)から考えると、上手く実現するのは難しそうだ。
革新的な大規模記憶装置でも登場しない限り状況は変わらないだろう。
「サービス事業者は、ユーザーのことを分かっていない!」と嘆く人もいるかも知れない。
でも、写真趣味のユートピア的なものは簡単に作れない。
「pixivやニコニコ静画の写真版を作ればいい」などと考えてはいけない。写真表現趣味の人なんて、イラストを描く人よりも(そして、カメラ趣味の人よりも)少ないのだから。
結局、価格コムみたいなところで、他人の装備を馬鹿にする所の方が理想的なのかも知れない。
誰にでも綺麗に鮮やかにシャープに写す事が出来る時代に、高解像度の全自動のカメラがどれほど意味を持つのか僕には分からない。
大多数は、それでもそう言う「よいカメラの写した写真」を「よい写真」と読み続けるだろう。
別に「珍しいモノを、綺麗に鮮やかにシャープに写す」写真が反芸術的とかそう言うつもりはない。それも極めれば立派だ。多くの人を感動させられるだろう。
だから、その辺はもう、感知しなくてもいいんじゃないかなと。
その他に目を向ければ、様々な試みを見つけることが出来る。だから、今の人々は実に自由にやれているんじゃないかなと。
勿論、「自由だからと言ってクソつまらねぇカフェの写真だの、散歩中の駄犬の写真をフェースブックに載っけて"日常の記録"とかゆーとる連中はくそ食らえだ!」みたいな意見もあるだろうけど、その辺は好き勝手にやらせておけばいいんじゃないかな。
自分の気持ちいいようにやる事をやって、それに共感してくれる人と楽しくやれればいいんじゃないかなと。
「人の意見には素直に従うべきだ」と煩い人がいるが、そう言う人は「自分の言いなりになる人物がいる」と言う事に悦びを得ているだけの人なので無視した方が良い。本当に必要な意見というのは、相互の信頼関係の中に生ずるものである、人生の教訓について通りすがりの人間が貴方に教えることが出来るのは、せいぜい"不味い方法"ぐらいなものだ。
人に好まれることを目的にすると、自分を偽ることになる。偽った自分を好きになってもらったとしたら、その好きを維持する為に、貴方は永遠に己を偽り、そして無理することになるだろう。
多くに好かれることは、表向き優れたことだろう。
しかし、SNSで趣味が細分化された時代、「程度の悪い人間のクラスタ」の中で一目置かれる存在が、果たして人間そのものとして優れていると言えるだろうか?
小さなサークルの中で、紅一点の女性が褒めそやされていたからと言って、その女性が美人で性格が良いかというのも別だ。
また、ニコニコ動画で人気のある歌い手が、エンターテーナーとして素晴らしいかと言うのも更に疑問だと言える。
重要なのは、人の動機に惑わされぬ己の判断力を信じることである。虚栄心を捨て丸裸の自尊心を持つことである。
僕の写真を好む人は極めて少ないだろう。しかし、それがどうしたのだろうか?
と、予防線を引いておく。
まぁ、去年に引き続き……なんて話なんだけどさ。
①相変わらずミラーレスの話だけど
ミラーレスが好調だという話は、最近聞かない感じだなぁと。
要するに、コンデジ使っていた人が、スマホとミラーレスに移ると、それ以上流出元が確保できないって事なんだなぁと。
残る一つの流出元である一眼レフからの乗り換えだけど、これははかばかしくないんだろうなと。
特に欧米ではなんやかんやで、デカイカメラの方が好まれるみたいで、「人の好みはそんなもんだ」と言われると、そうなんだろうなと。
もう、暫く前から言われていることだけど、m4/3だって商用撮影に使えるぐらいの性能がある。でも、クライアントが不安がるからor安く見られるから、結局フルサイズの一眼レフ使ってるよと言う話がある。
KissFを首から提げた男が、ミラーレスをdisってたなんて笑い話もあるし、その辺からするとどうしようもないんだなと。
尤も、カメラは見た目で選べという僕だから、デカイカメラ持った自分が素敵と思えば、そーゆーのでええんでないの? と言う所か。
特に印象的な現象と言えば、SONYのα7の事だろう。
あの大きさ、あの軽さなのにフルサイズというのは、実に素晴らしいことだが、思ったほど反応が薄い。
それはまるでマックのサラダみたいなものだ。マックでアンケートを採ると、必ずヘルシー志向のメニューが欲しいと言う要望が無視できない数出てくる。それを真に受けて、低カロリーな商品を出してみるのだが、客は反応しないという話だ。
フルサイズのミラーレスは、随分以前から待望論を耳にしていたが、結局、こういうスペック志向の連中は、デカイカメラが欲しいだけなのだ。
デカイのがお好きなら、マミヤでもペンタックスでも中判買えばいいものだが、要するに欲しいのはニコンなりキヤノンなりのロゴであったりするのだろう。
結局、一眼レフは今後も売れ続けるのだろうと思う。ミラーレスの性能が追いついたとしてもね。
その頃には、もう、人間の網膜から映像を撮れる時代になってるから、どうでもいいかなとか(ん
②APS-C一眼レフは衰退するのか?
ニコンに関して言えば、ラインナップの重心がフルサイズにシフトしつつある気がする。
正確に言えば、APS-Cのボリュームそのままに、フルサイズのラインナップがどんどん肥っている。
現在、無駄に幅の広いラインナップを取り揃えているが、リソース的に大丈夫なん? と心配したくなる。
先に書いたように、一眼レフからミラーレスへのシフトが思うように行かないなら、APS-C一眼レフを絞っていく理由はない。この辺のジレンマが生じているのかも知れない。
少なくとも、世界的な動きとしてミラーレスが売れ出さない限り、ニコンのどっち付かずなラインナップは解消されないだろう。また、キヤノンも本腰を入れてミラーレスを開拓しようなどとは思わないのかも知れない。(この前、漸く二代目のカメラを出したけど、レンズは未だに三本しかない訳だし)
③コンデジはどうなるのか?
カシオに関する記事(カシオが「高級コンデジ」を作らないワケ)を読む限りでは、販売予想がキチっとしていれば、まだまだ商売やってけるって話なので、そういうもんなんだと納得するしかないかなぁと。
しかし、細る市場の中で、ニッチなモノを提供するってやり口は、トイデジを出していくのと似たようなモノで、黒字にする事は出来ても、デカくはなれないんじゃないかなぁと。
個人的には、ソニーのRX-1/Rなんかは、実によいカメラだと思うのだけど、あんな値段出して、単焦点でレンズ交換も出来ねぇカメラなんて、写真好き(not カメラ好き)しか買わない。
世の中は、写真好きよりも、カメラ好きが多く、そして圧倒的多くの「写ればいい」と言う人がいる。
もっと悪い言い方すれば、こんな高級コンデジよりも、ブリッジカメラの方が「それっぽい」訳だし、「写ればいい」人からすれば、高倍率のズームの方が望ましいのだ。
確かに、スマホに出来ない事をしたくて、且つ一眼レフを買うまでもない人が買うカメラとなると、ブリッジカメラは悪い選択肢じゃなさそうだ。
充分割り引いて考えても、そこそこのズーム倍率があるコンデジを選んで、妙な機能や、凝った性能はあんまし求めないだろう。
ただ、スマホの画素数がずっと上がって、デジタルズームがもっと綺麗になる可能性はあるし、笑顔検出だの動物検出だのもソフトウェアの問題だから、"コンデジ"に拘る理由は少ないかも知れない。
前にも書いたように、カシオのEXILIM EX-10やキヤノンのNなどは、写真表現としては実に有意義な試みだが、カメラを持つ人の中で、表現を目的としている人が、現実問題、どれぐらいのボリュームあるのか? と言う問題である。
④写真を撮る人はどうなる?
アマチュアの世界は、まぁ、どうだって良いよ。
フィルムカメラ使う人が増えることは考えられないし(お
そんな事よりプロの話だ。
まずは、シカゴサンタイムズのカメラマンをリストラした話、結局再雇用することになったとか。
「カメラマンをクビにしてiPhone撮影に切替えた新聞社がカメラマンを再雇用することに合意
(GIGAZINE)」
とは言え、コレって不当解雇だってモメてた労組に折れたって話で、「iPhoneの写真じゃダメだったわぁ」って話じゃないからなぁ。(背景の一部にそういうのがないと断言は出来ないが)
そう言えば、何処かの子供写真専用スタジオは、プロのカメラマンを頼むんじゃなくて、育児経験のある女性を雇って、写真技術を教え込むんだとか。(子供の扱いに慣れているから)
確かに、同じスタジオで撮るわけだし、同じ構図を使いまわしても文句なんて言われないから、ある程度の技術を教えれば、それぐらいできるわな。
一方、子供の扱いばかりは、研修してどうのって出来ないから、この考え方は合理的なんだなぁと思った次第。
写真も写真で、決定的瞬間の方がクォリティより優先される訳で、今や誰しも携帯電話にカメラが付いている時代なら、その瞬間が写った写真なり動画なりを報道は欲しがる。
こういう写真をツイッターに上げた直後、何処の馬の骨とも知れぬ記者が"使用許可"を願い出ている光景も、今や珍しくなくなった。
常駐のカメラマンを多数配置しなくても良いと言う事か?
勿論、「プロの方がいいって分かっている。でも予算がないから、社員が(記者が)写真を撮るんだ」と言う話はよく聞く。
でも、予算に対して削減しても良いと言う対象であるなら、所詮はその程度の仕事なのだろう。
カメラの性能が上がっているから、写真技術の技能者なんて特に必要ないんだよねと。
そう、技術者としてじゃなくて、センスとか或いはネームバリューがないと使う意味がないんだねと。
更に、CGのコストも凄く下がっている。今の工業製品は3D-CADで設計されている事が多いから、モデリングも楽ちんで、モックアップを作る事なく広告を打てるのだ。
携帯電話みたいなライフサイクルの短い商品となるとスピードも要求され、設計段階から広告を作れるメリットは大きい。
こういうシフトが、現場レベルでどれぐらいの規模で起こっているのかは知らない。でも、「食える食えないで不安に思うならプロなんて目指すな」なんて話があるぐらいだから、アマチュアのプロごっこで楽しんでいるなら、そこに安住するのは悪くあるまい。
⑤写真共有はどうなるのだろう?
前から変わらない傾向だが、これからはより刹那的なものになるだろう。
例えば、僕は写真を撮る数が少ないので、フィルム写真をネットに上げる時なんて1シーズン遅れぐらいになってしまっている。
だが、人々が求めているのは「今」の感動な訳だから、年末になって、桜の写真や向日葵の写真など出しても誰も反応しないのだ。
それどころか、忘れ去られる事さえ求める動きもある。
Snapchatである。
このサービスが、今後どれぐらいのポジションに残っていくのか不透明だが、しかし、バカッターよろしく、犯罪自慢を喜ぶ向きには快適なサービスであるに違いない。
証拠は残らず、「面白いヤツ」と言う評価が残るのは、彼らにとって実に都合のよい事だからだ。
消える消えないは別として、少し前の"話題"なんて誰も見向きもしない。
タイムラプスやHDRなんてのは、ひとたびネットニュースに流れると、あっと言う間に消化されて、続報を誰も待ってくれない。
そうして、そうしたネタを、遅れて誰かがツイートなんかすると、「もう一月も前のニュースじゃねぇか」と苦笑いされてしまう。
一方、「保持していれば誰か見てくれるだろう」と言う希望も、多くの人が持ち続けるに違いない。
それはないにしても、自分の家の(いつ壊れるか知らない)HDDに仕舞っておくより、ネットに上げておいた方が安心できるという現実的な考え方を持つ人もいる。
そうなってくると、大きな容量で写真を管理するサービスと言うのも重要になってくるかも知れない。
この辺は、管理コストの問題から、有料サービスとなる訳だが、Flickerの改悪(課金ユーザは容量無制限だったものが2TBまでの制限になった)から考えると、上手く実現するのは難しそうだ。
革新的な大規模記憶装置でも登場しない限り状況は変わらないだろう。
「サービス事業者は、ユーザーのことを分かっていない!」と嘆く人もいるかも知れない。
でも、写真趣味のユートピア的なものは簡単に作れない。
「pixivやニコニコ静画の写真版を作ればいい」などと考えてはいけない。写真表現趣味の人なんて、イラストを描く人よりも(そして、カメラ趣味の人よりも)少ないのだから。
結局、価格コムみたいなところで、他人の装備を馬鹿にする所の方が理想的なのかも知れない。
⑥写真表現の未来
誰にでも綺麗に鮮やかにシャープに写す事が出来る時代に、高解像度の全自動のカメラがどれほど意味を持つのか僕には分からない。
大多数は、それでもそう言う「よいカメラの写した写真」を「よい写真」と読み続けるだろう。
別に「珍しいモノを、綺麗に鮮やかにシャープに写す」写真が反芸術的とかそう言うつもりはない。それも極めれば立派だ。多くの人を感動させられるだろう。
その他に目を向ければ、様々な試みを見つけることが出来る。だから、今の人々は実に自由にやれているんじゃないかなと。
勿論、「自由だからと言ってクソつまらねぇカフェの写真だの、散歩中の駄犬の写真をフェースブックに載っけて"日常の記録"とかゆーとる連中はくそ食らえだ!」みたいな意見もあるだろうけど、その辺は好き勝手にやらせておけばいいんじゃないかな。
自分の気持ちいいようにやる事をやって、それに共感してくれる人と楽しくやれればいいんじゃないかなと。
「人の意見には素直に従うべきだ」と煩い人がいるが、そう言う人は「自分の言いなりになる人物がいる」と言う事に悦びを得ているだけの人なので無視した方が良い。本当に必要な意見というのは、相互の信頼関係の中に生ずるものである、人生の教訓について通りすがりの人間が貴方に教えることが出来るのは、せいぜい"不味い方法"ぐらいなものだ。
人に好まれることを目的にすると、自分を偽ることになる。偽った自分を好きになってもらったとしたら、その好きを維持する為に、貴方は永遠に己を偽り、そして無理することになるだろう。
多くに好かれることは、表向き優れたことだろう。
しかし、SNSで趣味が細分化された時代、「程度の悪い人間のクラスタ」の中で一目置かれる存在が、果たして人間そのものとして優れていると言えるだろうか?
小さなサークルの中で、紅一点の女性が褒めそやされていたからと言って、その女性が美人で性格が良いかというのも別だ。
また、ニコニコ動画で人気のある歌い手が、エンターテーナーとして素晴らしいかと言うのも更に疑問だと言える。
重要なのは、人の動機に惑わされぬ己の判断力を信じることである。虚栄心を捨て丸裸の自尊心を持つことである。
僕の写真を好む人は極めて少ないだろう。しかし、それがどうしたのだろうか?
2013年12月20日金曜日
2013年12月19日木曜日
2013年12月18日水曜日
2013年12月17日火曜日
2013年12月16日月曜日
フィルム分9/31~どこいな
送信者 - |
あらゆるものが、漏れなく配置されている。
カメラ:Rollei35S
フィルム:富士フイルム 記録用カラーフィルム400
2013年12月15日日曜日
SB-11を使い物にする
送信者 他いろいろ |
底のフタを反時計回りに回せば、中から電池ケースが出てくる筈なんですが、硬くて開かないと言う代物。
無理矢理にでもこじ開けてやるつもりで買ったのですが、結構骨が折れました。
温めるだの叩くだの、開かないフタを空ける方法は一通り試しましたが無駄でした。
非破壊的に空けるのは無理だと悟って、ひとまず、底に幅1mmぐらいの溝を金のこで引いて、そこに金尺を突っ込んで回すと言う作戦に。
しかし、金尺が曲がりそうなぐらい力を入れてもダメだったので諦めました。
この時、底に穴が開いてしまいまして、それを利用して、中にCRCを投入。
加えて、溝に対して斜めにタガネをあてて金槌でガッツンガッツン叩いたところ、どうにかこうにか開くことが出来ました。
何でこんなに硬かったかというと、中の電池が液漏れを起こしてまして、そりゃぁもう、中は地獄絵図に。
電池ケースの電極がやられていたり、ねじ山が少し溶けていたりと、アルカリ乾電池の液をナメちゃぁいかんなぁと言う状態に。(一応KOHな訳だし)
析出した塊は、お湯で一通り溶かし……それでも足りないんで、千枚通しでほじくり出して使える状態に。
市販の電池ケースを一つ壊して、電極を半田付け(どうしても芋半田になったので、グルーガンで固定という酷い状態)何とか、電池を突っ込める状態にしました。
これで動かなかったら、全てが徒労だったと言う事になるのですが……ネタにしている段階で動いたって事ですよね。
電池8本突っ込んでなんとか動きました。
しかし、本当にコレは微妙ですよ。
電池8本も使うクセしやがって、GNは36しかないし、シンクロタイムは1/125っぽいし……
(一応、発光量の調整は四段階で出来る)
(一応、発光量の調整は四段階で出来る)
重いし、大きさは全長28cmぐらいある。アタッチメントもないって事もあって、持ち運びできませんね。(ストロボ手に持って、ハトが出ますよごっこは出来そうですが――その為に大判を買うという)
そう考えると、今のストロボは凄いです。ミドルクラスのストロボでも、四本で動いて連写も可能。
しかもGNは一回り大きいと来ている。
凄い進化だなぁ。
何はともあれ、改造です。
要するに、外部電源を使えるようにしたればええんですわ。どのみち、外で使う事なんてない訳だし。
単三電池8本だから、9.6Vを何とか電極に放り込んでやれば動くだろうって事で作業開始です。
筒の中には、4つの電極。テスターをあてると、どうも、そのうち二つは、直通っぽい。
って事は、残り二つの電極に10Vぐらい放り込んでやればOKだよね!
って事で頑張ってみたのですが……何故か、上手く行かなかった。
電極1対に対して、5Vずつ放り込まなくちゃ行けないのかなぁ。って事で、USBからの電源を二系統用意して、放り込んだら動作しました。
でもなぁ、何かやっぱり違うっぽいんですよ。
例えばPCのUSBポートにブチ込んだり、2ポートある電源に両方ブチ込んだりしても動作しないんです。
つまり、分けて放り込む必要はなかったっぽいんですよね。
どっちみち、回路的には同じなので気にしない方向で行こうと思います。
そうそう、チャージはなんと、15秒ぐらい掛かります。もうね、どうやって使おう。
2013年12月14日土曜日
2013年12月13日金曜日
2013年12月12日木曜日
スレーブユニットを使ったりして
この前のスレーブユニット&300EZを使って、色々試してこんなもの。
まぁ、何と言いましょうか……
関係のない話ですが、バルクのSB-11を買ったら、電池蓋が開かないって事がありました。
色々頑張ってこじ開けると、中で液漏れを起こしていたという酷い有様。
電極が溶けるわ裏蓋も少し溶けるわ。アルカリ電池をナメちゃいかんですな。
無駄に大きくデカいのに、GNが36ってのも泣ける感じです。撮影用小道具だなぁと。
2013年12月11日水曜日
写真の撮り過ぎ、思い出薄れる? 心理学研究
写真の撮り過ぎ、思い出薄れる? 心理学研究(AFP)
写真にして記録すると、それについての記憶が曖昧になるんだとか。
メモをすると、メモしたことを忘れるみたいなものか。
確かに、そんな感じがしないでもない。
必至になって"記録写真"の撮影に勤しんでいる方々が見えるが、それについてどれほど記憶を残しているのか不安だ。
"何か"を取り囲むようにして撮影している人々、彼らは何を考えて撮っているのだろうか?
それを考えると、僕はぞっとして、カメラを構えるのを躊躇してしまう。
僕なんかは、とりわけ特別な被写体を撮影している訳でもないのに、大体どんなところで、どんな事を考えながら撮ったのかは記憶している。
勿論、全てではないのだけど。
多分、こう言う事は、何を考えていたのか? と言う事に力点を置かなくちゃいけないんだ。
こういう書き方をすると、凡庸な庶民とは違って、俺は考えがあって撮影しているんだという高慢な態度に取られがちだけど、考えたからと言って良い写真が撮れるかどうかはまた別な話なのだ。
沢山ふぁぼられるような写真を撮れば、まぁ、記憶もするでしょう。
写真にして記録すると、それについての記憶が曖昧になるんだとか。
メモをすると、メモしたことを忘れるみたいなものか。
確かに、そんな感じがしないでもない。
必至になって"記録写真"の撮影に勤しんでいる方々が見えるが、それについてどれほど記憶を残しているのか不安だ。
"何か"を取り囲むようにして撮影している人々、彼らは何を考えて撮っているのだろうか?
それを考えると、僕はぞっとして、カメラを構えるのを躊躇してしまう。
僕なんかは、とりわけ特別な被写体を撮影している訳でもないのに、大体どんなところで、どんな事を考えながら撮ったのかは記憶している。
勿論、全てではないのだけど。
多分、こう言う事は、何を考えていたのか? と言う事に力点を置かなくちゃいけないんだ。
こういう書き方をすると、凡庸な庶民とは違って、俺は考えがあって撮影しているんだという高慢な態度に取られがちだけど、考えたからと言って良い写真が撮れるかどうかはまた別な話なのだ。
沢山ふぁぼられるような写真を撮れば、まぁ、記憶もするでしょう。
2013年12月10日火曜日
2013年12月9日月曜日
2013年12月8日日曜日
2013年12月6日金曜日
安価な照明を用意したい
この前はストロボの話だけど、今回は定常光。
いやぁ、スタジオ経験なんてほぼ皆無なんで、詳しい事なんてかけないけど、まぁ、何というか着ぐるみだのコスプレだのの、自宅で撮影会しましょうって時に、使える最低限の方法を考えましょうという回。
写真用の撮影機材って、なんかこう、無闇に高いわけで、安いところに行ったとしても、一式揃えると、結構行くわけですよ。
大きな家に住んでいる訳でもなければ、そんなにスペース食えないし、自宅で撮影会だなんてそんなに発生するイベントじゃないじゃないですか。
悪い言い方すると、何で人様のためにこんなにがんばらなくちゃならんのって事な訳です(コラ
でまぁ、いろいろ探したけど、Amazonで見つけた「撮影照明用 大光量 スパイラル インバーター 蛍光灯電球 500w相当」(500W相当は、恐らく全光束で1万lmぐらい)なんてのが、1.5千円で出ている。(消費電力は105W)
次点は、「PHOTO TOOLS」の蛍光灯型電球だ。(さっきのも扱いはPHOTO TOOLSになっている。何故、別の場所で別のモン打ってるのか謎)
こちらは、消費電力36Wで200W相当(恐らく全光束で3000lm強ってところ)で、価格は980円。
僕は、36Wの方を持っているけれど、4本まとめないと、思ったほどの光量にならなかった。
そのことを考えると、105Wの電球の方が良さそうだ。
大型のカメラ屋なんかに行くと、500Wの白熱電球が三千ナンボで手に入るからかなりお得。
しかも、白熱電球の寿命はどう考えても短いし、熱が出るから火傷や火事の用心もしなくちゃいけない。(勿論、蛍光灯だって熱くなるけど、その差は明らかだ)
LEDの方は、電球型で1500lm以上のものが見つからなかった。(本気で探してないので、"ない"と断言はしないが)
長寿命とはいえ、数を増やさなくちゃいけないから、かなり手痛い出費となる。
ディスカウントストアに行くと、新古品のハロゲンライトなんかが安く売っていて、大量購入するって手もあるんだけど、この方法だと、あとで同じものを買い足すことが出来ないから、光の色が統一されない。
統一されないとどうなるかというと、ホワイトバランスがぐちゃぐちゃになってしまう。
んなもん、現像の時に直せばいいとか、プリセットするから問題ないって思うだろうけど、このことに関しては殆どNGと言って良い。
右側は青い照明、右側は赤い照明を利用したとしよう。そうなると、モデルの右側と左側ではそれぞれ違う色に染まってしまう。
そうした時、どちらにプリセットすれば良いのか? となると、どうしようもなくなる。
勿論、ワザとカラーフィルターを使っている場合は別だけど、意図しない光源の違いは失敗の元なのでやめた方が良い。
さて、電球だけ買っても、電気は点かない。
ここで、撮影機材のクリップスタンドなんて買うと、四、五千円ほど取られる。
しかし、金口がE26に対応していればいいし、対応の消費電力も電球より大きければ、何だってかまわないのだ。
軽く調べると、200W対応のクリップスタンドが1.5千円前後とか、150W対応のものが1.2千円で売っていたりする。(36Wの電球を使うとなると、千円を切ってくる)
これらは、「E26 クリップスタンド」とか「E26 クリップライト」なんかで検索すると沢山出てくる。
最後にスタンドだが、これは立てられるモノなら、何だっていいはずだ。安い三脚を利用してもいいし、塩ビのパイプをつなぎ合わせて自作してもよい。
丁度良い位置に戸棚などがあれば、それを利用すれば、場所を取らないで済む。
この辺は想像力と、試行錯誤の勝負なんだと思うし、それこそが写真を楽しむ所ではないだろうか。
さて、これらは、ソフトボックス(箱状になっていて正面に白い布が張ってあるやつ)やアンブレラ(中が銀とか白に着色されている傘)なんかが付いていない訳だけど、ストロボを直あてするよりかは、マイルドな光なのは間違いない。また、壁や天井を使う等の工夫をするだけで、随分と結果が違ってくる筈だ。
今回は、安価に用意するって事が目的なので、こんなもんでしょうと言う程度で……
いやぁ、スタジオ経験なんてほぼ皆無なんで、詳しい事なんてかけないけど、まぁ、何というか着ぐるみだのコスプレだのの、自宅で撮影会しましょうって時に、使える最低限の方法を考えましょうという回。
写真用の撮影機材って、なんかこう、無闇に高いわけで、安いところに行ったとしても、一式揃えると、結構行くわけですよ。
大きな家に住んでいる訳でもなければ、そんなにスペース食えないし、自宅で撮影会だなんてそんなに発生するイベントじゃないじゃないですか。
悪い言い方すると、何で人様のためにこんなにがんばらなくちゃならんのって事な訳です(コラ
でまぁ、いろいろ探したけど、Amazonで見つけた「撮影照明用 大光量 スパイラル インバーター 蛍光灯電球 500w相当」(500W相当は、恐らく全光束で1万lmぐらい)なんてのが、1.5千円で出ている。(消費電力は105W)
こちらは、消費電力36Wで200W相当(恐らく全光束で3000lm強ってところ)で、価格は980円。
僕は、36Wの方を持っているけれど、4本まとめないと、思ったほどの光量にならなかった。
そのことを考えると、105Wの電球の方が良さそうだ。
大型のカメラ屋なんかに行くと、500Wの白熱電球が三千ナンボで手に入るからかなりお得。
しかも、白熱電球の寿命はどう考えても短いし、熱が出るから火傷や火事の用心もしなくちゃいけない。(勿論、蛍光灯だって熱くなるけど、その差は明らかだ)
LEDの方は、電球型で1500lm以上のものが見つからなかった。(本気で探してないので、"ない"と断言はしないが)
長寿命とはいえ、数を増やさなくちゃいけないから、かなり手痛い出費となる。
ディスカウントストアに行くと、新古品のハロゲンライトなんかが安く売っていて、大量購入するって手もあるんだけど、この方法だと、あとで同じものを買い足すことが出来ないから、光の色が統一されない。
統一されないとどうなるかというと、ホワイトバランスがぐちゃぐちゃになってしまう。
んなもん、現像の時に直せばいいとか、プリセットするから問題ないって思うだろうけど、このことに関しては殆どNGと言って良い。
右側は青い照明、右側は赤い照明を利用したとしよう。そうなると、モデルの右側と左側ではそれぞれ違う色に染まってしまう。
そうした時、どちらにプリセットすれば良いのか? となると、どうしようもなくなる。
勿論、ワザとカラーフィルターを使っている場合は別だけど、意図しない光源の違いは失敗の元なのでやめた方が良い。
さて、電球だけ買っても、電気は点かない。
ここで、撮影機材のクリップスタンドなんて買うと、四、五千円ほど取られる。
しかし、金口がE26に対応していればいいし、対応の消費電力も電球より大きければ、何だってかまわないのだ。
軽く調べると、200W対応のクリップスタンドが1.5千円前後とか、150W対応のものが1.2千円で売っていたりする。(36Wの電球を使うとなると、千円を切ってくる)
これらは、「E26 クリップスタンド」とか「E26 クリップライト」なんかで検索すると沢山出てくる。
最後にスタンドだが、これは立てられるモノなら、何だっていいはずだ。安い三脚を利用してもいいし、塩ビのパイプをつなぎ合わせて自作してもよい。
丁度良い位置に戸棚などがあれば、それを利用すれば、場所を取らないで済む。
この辺は想像力と、試行錯誤の勝負なんだと思うし、それこそが写真を楽しむ所ではないだろうか。
さて、これらは、ソフトボックス(箱状になっていて正面に白い布が張ってあるやつ)やアンブレラ(中が銀とか白に着色されている傘)なんかが付いていない訳だけど、ストロボを直あてするよりかは、マイルドな光なのは間違いない。また、壁や天井を使う等の工夫をするだけで、随分と結果が違ってくる筈だ。
今回は、安価に用意するって事が目的なので、こんなもんでしょうと言う程度で……
2013年12月5日木曜日
2013年12月4日水曜日
2013年12月3日火曜日
2013年12月2日月曜日
安価にストロボ増灯を実現してみる
ストロボ一灯で写真を撮っていると、影だの何だの、或いはGNが足りないだの何だのと言う問題に直面する。
僕の場合は、部屋が狭いので、自分の部屋で撮影する分には満足なのだけど……ネタが欲しいんだ。
そこで手に入れたのが、ジャンク品のストロボCanon 300EZだ。
カメラ屋のジャンク箱の中に、300EZが三個あったので、取り敢えず二つ確保。
150円のものと、250円のものを一つずつ。
家に帰って動作確認すると、150円の方が問題なく動き、250円の方は、いつまで経ってもチャージ終了にならない。
修理する自信もないので、ネタ用に分解して外装だけ持っておこう。
ハトが出るギミックとか作りたいけどなぁ。
2cmぐらいのハトのフィギュアと5V駆動のソレノイド、あとトランジスタが一つあれば作れそうだけどね。
兎にも角にも、この300EZがどういう代物かと言う事なんだけど……フィルム時代のストロボです。
現用のデジカメに載せても、TTLとか無視して、目一杯に光ってしまうから殆ど使えないらしい。
本来はズームに連動するらしいが、当然、これも動作しないので、35mm決め打ちになる。
マニュアルを検索すると英語版が出てきた。
これによると、35mmでGN25らしい。(maxでGN30になるそうだけど)
ISO200で被写体との距離が3mだとした時、F11強まで絞らなくちゃいけないし、バウンスも出来ないので、そのままでははっきり言って使い物にならない。
何はともあれ、マトモに動作するかどうか、調べてみなくてはなりませんね。って事で、D300に載せて撮ってみると、一応動作してくれます。
SSが1/250secでも反応してくれました。
GNは、マニュアルの通り25で良さそうです。
そんな訳で、問題はクリアしたので、早速スレーブユニットを買ってきました。
モノは、エツミのE-528。ホットシューもシンクロターミナルも付いているので、シンクロコード経由でも動きそうです。
スレーブユニットを装備して、三脚に載せれば、バウンスも何もやりたい放題になるって訳なのです。
載せる三脚は何だっていいです。最悪、百均で買ってきた三脚でも問題なさそうです。
300EZをスレーブユニットのホットシューに取り付けて、その上、シンクロターミナルにもストロボを接続してみました。
そこに、カメラの内蔵ストロボを発光させたら、二つとも同時に発光できたので、ワイヤレスで二灯や三灯を発光させることは可能なようです。
んじゃまぁ、撮ろうかって事で、試しに何枚か撮ってみるんだけど……どうも上手く行かない。
いろいろいじった上で気付いたんだけど、ニコンのカメラで「コマンダーモード」って発光を選択しておくと、普通のストロボのタイミングより早いタイミングで発光を行うようだ。
確かにCLSを採用しているストロボとの通信をしなくちゃいけない訳だから、当然っちゃぁ当然か。
と、言う事で、内蔵ストロボの設定をマニュアルの1/128発光に変更。
その後は、スムーズに全部光ってくれて、めでたしめでたしと。
スレーブユニットのいい所は、メーカーとか問わずに使える所。そして、内蔵のストロボさえあれば、どのカメラからも発光させられる。
自宅なんかで撮影会やりますよって時、メーカーの違うストロボをまとめて使う事も出来るし、カメラ側に特別なコマンダーなり、発信器なりを載せ替えたりしなくても済むという便利さがあったりします。
まぁ、ぼっちな私に、この装置が活躍するかどうか怪しげなものですが……
僕の場合は、部屋が狭いので、自分の部屋で撮影する分には満足なのだけど……ネタが欲しいんだ。
そこで手に入れたのが、ジャンク品のストロボCanon 300EZだ。
カメラ屋のジャンク箱の中に、300EZが三個あったので、取り敢えず二つ確保。
150円のものと、250円のものを一つずつ。
家に帰って動作確認すると、150円の方が問題なく動き、250円の方は、いつまで経ってもチャージ終了にならない。
修理する自信もないので、ネタ用に分解して外装だけ持っておこう。
ハトが出るギミックとか作りたいけどなぁ。
2cmぐらいのハトのフィギュアと5V駆動のソレノイド、あとトランジスタが一つあれば作れそうだけどね。
兎にも角にも、この300EZがどういう代物かと言う事なんだけど……フィルム時代のストロボです。
現用のデジカメに載せても、TTLとか無視して、目一杯に光ってしまうから殆ど使えないらしい。
本来はズームに連動するらしいが、当然、これも動作しないので、35mm決め打ちになる。
マニュアルを検索すると英語版が出てきた。
これによると、35mmでGN25らしい。(maxでGN30になるそうだけど)
ISO200で被写体との距離が3mだとした時、F11強まで絞らなくちゃいけないし、バウンスも出来ないので、そのままでははっきり言って使い物にならない。
何はともあれ、マトモに動作するかどうか、調べてみなくてはなりませんね。って事で、D300に載せて撮ってみると、一応動作してくれます。
SSが1/250secでも反応してくれました。
GNは、マニュアルの通り25で良さそうです。
そんな訳で、問題はクリアしたので、早速スレーブユニットを買ってきました。
送信者 他いろいろ |
モノは、エツミのE-528。ホットシューもシンクロターミナルも付いているので、シンクロコード経由でも動きそうです。
スレーブユニットを装備して、三脚に載せれば、バウンスも何もやりたい放題になるって訳なのです。
載せる三脚は何だっていいです。最悪、百均で買ってきた三脚でも問題なさそうです。
300EZをスレーブユニットのホットシューに取り付けて、その上、シンクロターミナルにもストロボを接続してみました。
そこに、カメラの内蔵ストロボを発光させたら、二つとも同時に発光できたので、ワイヤレスで二灯や三灯を発光させることは可能なようです。
んじゃまぁ、撮ろうかって事で、試しに何枚か撮ってみるんだけど……どうも上手く行かない。
いろいろいじった上で気付いたんだけど、ニコンのカメラで「コマンダーモード」って発光を選択しておくと、普通のストロボのタイミングより早いタイミングで発光を行うようだ。
確かにCLSを採用しているストロボとの通信をしなくちゃいけない訳だから、当然っちゃぁ当然か。
と、言う事で、内蔵ストロボの設定をマニュアルの1/128発光に変更。
その後は、スムーズに全部光ってくれて、めでたしめでたしと。
スレーブユニットのいい所は、メーカーとか問わずに使える所。そして、内蔵のストロボさえあれば、どのカメラからも発光させられる。
自宅なんかで撮影会やりますよって時、メーカーの違うストロボをまとめて使う事も出来るし、カメラ側に特別なコマンダーなり、発信器なりを載せ替えたりしなくても済むという便利さがあったりします。
まぁ、ぼっちな私に、この装置が活躍するかどうか怪しげなものですが……
2013年12月1日日曜日
ストロボ/フラッシュに関する基本的なお話
とりわけ説明しなくちゃならない訳じゃないけど、今回、ジャンク品のストロボを拾ったので、その前提のお話を幾つか。
先ずは用語の説明だけど、フラッシュもストロボも、そしてスピードライトや、エレクトロニックフラッシュと呼ばれるモノは、全て同じものである。
各社で呼び方が違うだけである。
以前、何処かのブログで、「スタジオにあるようなのがストロボ、外付けのがスピードライト、内蔵がフラッシュと言う」とか訳の分からない事を言っていて、ぎょっとしたことがある。
当然、突っ込みが入っていたが、どうやら思い込みで書いていたらしい。
「ストロボ」は、元々ストロボリサーチ社の商標であったが、現在は失効しているので、使いたい所が適当に使っている。
なお、カメラのホットシューに取り付けるストロボを「クリップオン・フラッシュ」なんて言ったりします。
スタジオで使うようなストロボには、ジェネレーターとフラッシュヘッドの二つに分かれたものと、二つが一つに組み合わさったモノブロックのストロボと言うものがあります。
こんな偉そうなこと書いて、スタジオ撮影とかしないから、細かい所は分かんないです。
ストロボを発光させることを「焚く」なんて言い方しますが、これはその昔、マグネシウム粉末を「焚いて」光源としていたからです。
小学校か中学校の理科の実験で、マグネシウムリボンを燃やした事ってありますよね? 白色の強い光が、瞬間的(電気で動くストロボに比べれば遅いのですが)に走るのです。
その後、閃光電球などを経て、今は、電気で動作するストロボが殆どの場合使われます。
閃光電球もフラッシュ扱いなので、これと区別する時に、エレクトロニックフラッシュと言う言葉を使います。
ストロボが何をやっているかというと、明るい光を当てると言う事をやっているだけである。
では、それが写真となるプロセスはどうなっているだろうか?
ここでは、他に照明や窓のない真っ暗な部屋を想定しよう。
被写体とカメラ、そしてカメラにはストロボが内蔵されている。
①カメラマンは、カメラのシャッターを切ると、シャッター幕が開き、露出が始まる。
しかし、この部屋は真っ暗なので、イメージセンサーには光が入らない。
②ここで、ストロボが発光する。
人間の目には一瞬だが、スローモーションで見れば、一定時間続く光である。
③強い光が当たった被写体をカメラのセンサーが捉える。
④そして、ストロボの発光が終わり、闇に包まれると、シャッター幕は閉じる。
本当のところは、少し違う所※があるが、概念はこう言う事である。
この時、ストロボが光っている間と、シャッターの開いている時間は同期する必要がある。
つまり、ストロボの光が十分でないうちにシャッター幕が閉じてしまうと露出が不完全になってしまうからだ。
シャッター幕が長く開いている分には露出は変わらないが。問題となるのは必要最低限の一番短い時間となります。
これはフラッシュによって違っており、このシャッタースピードのことを「シンクロタイム」と言う。
後述する、"スローシンクロ"とか、"日中シンクロ"のシンクロとは、このシンクロタイムのことである。
※少し違う所
本当のところは、シャッター幕は(基本的に)横へ走るので、その走っている間光っている必要がある)
ストロボの性能の指標として、ガイドナンバーというモノがある。略して「GN」とか「G.N.」とか書く。
ガイドナンバーとは、一言で言えば、ストロボの光の強さの事だ。
もう一度言うけど、後述する、日中シンクロとか、スローシンクロは、通常の環境光も利用した上でストロボも使うというワザである。
尤も最近のカメラとストロボは、この辺をしっかり自分で計算してくれるので、あんまり考える必要はなかったりします。
最悪でも、デジカメならトライアル・アンド・エラーで何とかなりますからね。
ストロボは、カメラにくっつけた状態で使われる事が多いですが、これを外して使用することも可能です。
これは、例えば、被写体の脇から光を当てたいとか、複数のストロボを焚きたい時などに使います。
メーカー純正のカメラとストロボの組み合わせの場合、この辺を良い感じにやってくれる仕組みがあります。(ニコンノ場合は、クリエイティブ・ライティング・システムなんて言いますね)
大抵は、赤外線で通信を行い、発光量の加減を自分たちで決めてしまうのです。
しかし、それ以外の接続の方法もあります。ケーブルで繋ぐ場合と無線で繋ぐ場合、そして受動的に光るストロボを使う場合です。
ケーブルを使う方法は、カメラとストロボにある、シンクロターミナルをシンクロコードを使って接続します。
シンクロターミナルは、最近は一部の高級機にしか装備されていません。
そうでないカメラでこれを使用する場合、ホットシューに「シンクロターミナルアダプター」と呼ばれるものを取り付けることで利用可能になります。
簡単に説明すれば、ホットシューの電極をケーブルにして延長したのが、シンクロターミナルとシンクロコードと考えて良いでしょう。
無線で行う場合は、「ワイヤレス・フラッシュ・アダプター」(商品名によって多少異なる)なんてものを利用します。
これは、カメラ側に親機、ストロボ側に子機をくっつけて使用します。
これらの道具は、ホットシューまたはシンクロターミナルを使って、カメラやストロボに接続します。
この手の商品は、海外からの輸入品も沢山ありますが、一部電波法に引っかかる商品もあるので、ちゃんとした所で買った方がよいでしょう。
これらの方法を用いずに、何処かで光ったストロボの光を受けて、自分も光り始めるという仕組みもあります。
これをスレーブ機能と言い、サードパーティのフラッシュに搭載される事が多いです。
また、スレーブ機能だけを持つストロボも存在しています。(EX:ヒカル小町)
手持ちのストロボにスレーブ機能が付いていない場合、スレーブユニットと言うものを使う事も出来ます。
スレーブユニットは、シンクロターミナルを装備するものと、ホットシューで繋がるもの、そして両方で繋がるものもあります。
因みに、これらの方法では、シャッターを押したという信号だけが発信されるだけなので、発光量は、マニュアルで決めなければなりません。
複数のストロボを利用する時、(同じ機能を有する)純正品だけを利用する場合以外、マニュアルでの撮影を強いられることになる。
デジカメ時代なんだから、トライアル・アンド・エラーでやっていけばいいことなんだけどさ。
それでも、一応計算の方法を書いておきます。
a = √[ (g1/d1)^2 + (g2/d2)^2 + (g3/d3)^2 + …… + (gx/dx)^2 ] * √[s/100]
a : 絞り
gn : n番のストロボのガイドナンバー
dn : n番のストロボと被写体との距離
s : ISO感度
ジャンク品でも使えるものは使えるのだけど、古いタイプのストロボや、(HOLGAなどの)トイカメ用のストロボの場合、高電圧がそのままホットシューに掛かるので、デジカメなどの機器には使わない方が良い。
一応保護回路や、そういうストロボでも使えるような仕組みなどが搭載されているようだが、何かを保証している文言を見かけたこともないので、使用しないに越したことはない。
日中シンクロとは、日中でもストロボを使うワザである。
例えば、背景は明るいが、被写体は日陰に入ってしまっている場合に使う。
照明を当てるとか、レフ板を使用すると言う方法以外に、ストロボを使うという手もあるのだ。
背景には、ストロボの光は届かないので、絞りやシャッタースピード(勿論シャッタースピードは、シンクロスピード以下にしなければならないが)、そしてISO感度を背景の明るさに合わせて決める。
そして、被写体への光は、ストロボの発光量を加減してやる。
そうすると、明るい背景の中に、被写体が埋もれると言うことがなくなる。
しかし、問題が生じる。
日中で撮影する場合、シャッタースピードはどうしても1/2000秒とか、かなり速いスピードになってしまう。これを無理矢理1/250秒なんかに設定すると、とんでもなく絞り込まなくてはならなくなり、背景をぼかしたい場合なんかに使えない方法となる。
こういう時に取り出すのがNDフィルターである。
絞りを絞り込まなくても、入ってくる光を低減させられるので、日中シンクロがやりやすくなるのだ。
では、夜景を撮る時にはどうだろう?
ストロボで撮ると、モデルは美しく写るが、背景の街の明かりやイルミネーションが撮影出来ない。
かといって、ストロボを使わないと、モデルが真っ暗になってしまう。
ここで思い出して欲しいのは、ストロボが必要な時は、基本的に真っ暗だと言う事だ。
先ず、シャッタースピードを充分に落として、イルミネーションや夜景に撮影条件を合わせる。
(そのまま、フラッシュを焚かずに被写体を撮影すれば、被写体はほぼ真っ暗な状態である)
先に言ったように、遠い背景にストロボの光は到達しないので、この設定で、フラッシュを被写体に当ててやると、見事、両方共の露出が合うようになるのだ。
さて、スローシンクロで、走る車を撮影するとしよう。
露出時間は2秒とする。
ここで、二種類の写真の可能性が出てくる。
ストロボが光るのは、一瞬である。この光は、2秒の中のどのタイミングとなるだろうか? シャッターを押した直後なのか、それともシャッターが上がる直前なのか?
先にフラッシュが焚かれると、車の姿は、シャッターを切った位置に現れる。そして、その位置から、進行方向に向かって、ヘッドライトの光が伸びていく。
後にフラッシュが焚かれると、今まで走ってきたヘッドライトの軌跡の先に自動車の姿が撮影されることになる。
先幕シンクロ、後幕シンクロと呼ばれ、先にフラッシュが焚かれるのが、先幕シンクロで、後に焚かれるのが後幕シンクロである。
ストロボについては、ざっとこんな所。
スタジオ撮影用のストロボなんかについては、知識が追いついていないのでご免なさい。
機材も複雑で、沢山の種類が存在します。
尤も、そういうのは、スタジオマンの仕事だし、彼らもプロなので、スタジオを使うとなった時に、どのようなセッティングが良いのか、一度相談してみるべきだろう。
言葉のこと
先ずは用語の説明だけど、フラッシュもストロボも、そしてスピードライトや、エレクトロニックフラッシュと呼ばれるモノは、全て同じものである。
各社で呼び方が違うだけである。
以前、何処かのブログで、「スタジオにあるようなのがストロボ、外付けのがスピードライト、内蔵がフラッシュと言う」とか訳の分からない事を言っていて、ぎょっとしたことがある。
当然、突っ込みが入っていたが、どうやら思い込みで書いていたらしい。
「ストロボ」は、元々ストロボリサーチ社の商標であったが、現在は失効しているので、使いたい所が適当に使っている。
なお、カメラのホットシューに取り付けるストロボを「クリップオン・フラッシュ」なんて言ったりします。
スタジオで使うようなストロボには、ジェネレーターとフラッシュヘッドの二つに分かれたものと、二つが一つに組み合わさったモノブロックのストロボと言うものがあります。
こんな偉そうなこと書いて、スタジオ撮影とかしないから、細かい所は分かんないです。
ストロボを発光させることを「焚く」なんて言い方しますが、これはその昔、マグネシウム粉末を「焚いて」光源としていたからです。
小学校か中学校の理科の実験で、マグネシウムリボンを燃やした事ってありますよね? 白色の強い光が、瞬間的(電気で動くストロボに比べれば遅いのですが)に走るのです。
その後、閃光電球などを経て、今は、電気で動作するストロボが殆どの場合使われます。
閃光電球もフラッシュ扱いなので、これと区別する時に、エレクトロニックフラッシュと言う言葉を使います。
プロセス
ストロボが何をやっているかというと、明るい光を当てると言う事をやっているだけである。
では、それが写真となるプロセスはどうなっているだろうか?
ここでは、他に照明や窓のない真っ暗な部屋を想定しよう。
被写体とカメラ、そしてカメラにはストロボが内蔵されている。
①カメラマンは、カメラのシャッターを切ると、シャッター幕が開き、露出が始まる。
しかし、この部屋は真っ暗なので、イメージセンサーには光が入らない。
②ここで、ストロボが発光する。
人間の目には一瞬だが、スローモーションで見れば、一定時間続く光である。
③強い光が当たった被写体をカメラのセンサーが捉える。
④そして、ストロボの発光が終わり、闇に包まれると、シャッター幕は閉じる。
本当のところは、少し違う所※があるが、概念はこう言う事である。
この時、ストロボが光っている間と、シャッターの開いている時間は同期する必要がある。
つまり、ストロボの光が十分でないうちにシャッター幕が閉じてしまうと露出が不完全になってしまうからだ。
シャッター幕が長く開いている分には露出は変わらないが。問題となるのは必要最低限の一番短い時間となります。
これはフラッシュによって違っており、このシャッタースピードのことを「シンクロタイム」と言う。
後述する、"スローシンクロ"とか、"日中シンクロ"のシンクロとは、このシンクロタイムのことである。
シンクロタイムは、最近のストロボでは1/250秒が殆どです。
しかし、少し古くなると1/125秒や、1/60秒も必要になります。※少し違う所
本当のところは、シャッター幕は(基本的に)横へ走るので、その走っている間光っている必要がある)
ガイドナンバー
ストロボの性能の指標として、ガイドナンバーというモノがある。略して「GN」とか「G.N.」とか書く。
ガイドナンバーとは、一言で言えば、ストロボの光の強さの事だ。
この数字が大きければ、強い光を出すことが出来るという意味になる。
強い光が出ると言う事は、どういう影響を及ぼすだろう?
先ずは、絞りを大きく絞り込んでも、十分な光で被写体を照らすことが出来る。
或いは、遠い所にも光を当てる事が出来るだろう。
つまり、F値と被写体とストロボとの距離の関係になる。
その具体的な計算式は以下の通り。
強い光が出ると言う事は、どういう影響を及ぼすだろう?
先ずは、絞りを大きく絞り込んでも、十分な光で被写体を照らすことが出来る。
或いは、遠い所にも光を当てる事が出来るだろう。
つまり、F値と被写体とストロボとの距離の関係になる。
その具体的な計算式は以下の通り。
a = g / d * √[s/100]
a : 絞り
gn : ストロボのガイドナンバー
dn : ストロボと被写体との距離
s : ISO感度
例えば、ISO200の感度にして、ストロボのGNが12、被写体との距離が、1.5mだとしよう。
この状態でフラッシュの光を直接当てるとしたら、どのような絞りが最適だろうか?
12 / 1.5 * √(200/100) = 11.3
答えは、F11である。
フラッシュを焚く場合は、シャッタースピードは基本的に無視である。
先の例では、全く暗い部屋を想定したが、しかし、フラッシュが必要になる条件とは、カメラにとって大抵、真っ暗と言える条件だからだ。
先の例では、全く暗い部屋を想定したが、しかし、フラッシュが必要になる条件とは、カメラにとって大抵、真っ暗と言える条件だからだ。
試しに、夜間の室内(蛍光灯程度の明るさ)でF5.6、ISO感度200、SS1/125secで撮ってみよう。
真っ暗な写真になるはずだ。カメラにとっては、事実上、光が存在しないのと同じなのだ。
しかし、この状態でストロボ(カメラ内蔵のものでよい)を焚くと、しっかりと写るはずだ。
つまり、ストロボの光のみを使って写真を撮っていることになる。
もう一度言うけど、後述する、日中シンクロとか、スローシンクロは、通常の環境光も利用した上でストロボも使うというワザである。
尤も最近のカメラとストロボは、この辺をしっかり自分で計算してくれるので、あんまり考える必要はなかったりします。
最悪でも、デジカメならトライアル・アンド・エラーで何とかなりますからね。
カメラから離して使う場合
ストロボは、カメラにくっつけた状態で使われる事が多いですが、これを外して使用することも可能です。
これは、例えば、被写体の脇から光を当てたいとか、複数のストロボを焚きたい時などに使います。
メーカー純正のカメラとストロボの組み合わせの場合、この辺を良い感じにやってくれる仕組みがあります。(ニコンノ場合は、クリエイティブ・ライティング・システムなんて言いますね)
大抵は、赤外線で通信を行い、発光量の加減を自分たちで決めてしまうのです。
しかし、それ以外の接続の方法もあります。ケーブルで繋ぐ場合と無線で繋ぐ場合、そして受動的に光るストロボを使う場合です。
ケーブルを使う方法は、カメラとストロボにある、シンクロターミナルをシンクロコードを使って接続します。
シンクロターミナルは、最近は一部の高級機にしか装備されていません。
そうでないカメラでこれを使用する場合、ホットシューに「シンクロターミナルアダプター」と呼ばれるものを取り付けることで利用可能になります。
簡単に説明すれば、ホットシューの電極をケーブルにして延長したのが、シンクロターミナルとシンクロコードと考えて良いでしょう。
無線で行う場合は、「ワイヤレス・フラッシュ・アダプター」(商品名によって多少異なる)なんてものを利用します。
これは、カメラ側に親機、ストロボ側に子機をくっつけて使用します。
これらの道具は、ホットシューまたはシンクロターミナルを使って、カメラやストロボに接続します。
この手の商品は、海外からの輸入品も沢山ありますが、一部電波法に引っかかる商品もあるので、ちゃんとした所で買った方がよいでしょう。
これらの方法を用いずに、何処かで光ったストロボの光を受けて、自分も光り始めるという仕組みもあります。
これをスレーブ機能と言い、サードパーティのフラッシュに搭載される事が多いです。
また、スレーブ機能だけを持つストロボも存在しています。(EX:ヒカル小町)
手持ちのストロボにスレーブ機能が付いていない場合、スレーブユニットと言うものを使う事も出来ます。
スレーブユニットは、シンクロターミナルを装備するものと、ホットシューで繋がるもの、そして両方で繋がるものもあります。
因みに、これらの方法では、シャッターを押したという信号だけが発信されるだけなので、発光量は、マニュアルで決めなければなりません。
多灯
複数のストロボを利用する時、(同じ機能を有する)純正品だけを利用する場合以外、マニュアルでの撮影を強いられることになる。
デジカメ時代なんだから、トライアル・アンド・エラーでやっていけばいいことなんだけどさ。
それでも、一応計算の方法を書いておきます。
a = √[ (g1/d1)^2 + (g2/d2)^2 + (g3/d3)^2 + …… + (gx/dx)^2 ] * √[s/100]
a : 絞り
gn : n番のストロボのガイドナンバー
dn : n番のストロボと被写体との距離
s : ISO感度
古いタイプのストロボ
ジャンク品でも使えるものは使えるのだけど、古いタイプのストロボや、(HOLGAなどの)トイカメ用のストロボの場合、高電圧がそのままホットシューに掛かるので、デジカメなどの機器には使わない方が良い。
一応保護回路や、そういうストロボでも使えるような仕組みなどが搭載されているようだが、何かを保証している文言を見かけたこともないので、使用しないに越したことはない。
日中シンクロ
日中シンクロとは、日中でもストロボを使うワザである。
例えば、背景は明るいが、被写体は日陰に入ってしまっている場合に使う。
照明を当てるとか、レフ板を使用すると言う方法以外に、ストロボを使うという手もあるのだ。
背景には、ストロボの光は届かないので、絞りやシャッタースピード(勿論シャッタースピードは、シンクロスピード以下にしなければならないが)、そしてISO感度を背景の明るさに合わせて決める。
そして、被写体への光は、ストロボの発光量を加減してやる。
そうすると、明るい背景の中に、被写体が埋もれると言うことがなくなる。
しかし、問題が生じる。
日中で撮影する場合、シャッタースピードはどうしても1/2000秒とか、かなり速いスピードになってしまう。これを無理矢理1/250秒なんかに設定すると、とんでもなく絞り込まなくてはならなくなり、背景をぼかしたい場合なんかに使えない方法となる。
こういう時に取り出すのがNDフィルターである。
絞りを絞り込まなくても、入ってくる光を低減させられるので、日中シンクロがやりやすくなるのだ。
スローシンクロ
では、夜景を撮る時にはどうだろう?
ストロボで撮ると、モデルは美しく写るが、背景の街の明かりやイルミネーションが撮影出来ない。
かといって、ストロボを使わないと、モデルが真っ暗になってしまう。
ここで思い出して欲しいのは、ストロボが必要な時は、基本的に真っ暗だと言う事だ。
先ず、シャッタースピードを充分に落として、イルミネーションや夜景に撮影条件を合わせる。
(そのまま、フラッシュを焚かずに被写体を撮影すれば、被写体はほぼ真っ暗な状態である)
先に言ったように、遠い背景にストロボの光は到達しないので、この設定で、フラッシュを被写体に当ててやると、見事、両方共の露出が合うようになるのだ。
さて、スローシンクロで、走る車を撮影するとしよう。
露出時間は2秒とする。
ここで、二種類の写真の可能性が出てくる。
ストロボが光るのは、一瞬である。この光は、2秒の中のどのタイミングとなるだろうか? シャッターを押した直後なのか、それともシャッターが上がる直前なのか?
先にフラッシュが焚かれると、車の姿は、シャッターを切った位置に現れる。そして、その位置から、進行方向に向かって、ヘッドライトの光が伸びていく。
後にフラッシュが焚かれると、今まで走ってきたヘッドライトの軌跡の先に自動車の姿が撮影されることになる。
先幕シンクロ、後幕シンクロと呼ばれ、先にフラッシュが焚かれるのが、先幕シンクロで、後に焚かれるのが後幕シンクロである。
ストロボについては、ざっとこんな所。
スタジオ撮影用のストロボなんかについては、知識が追いついていないのでご免なさい。
機材も複雑で、沢山の種類が存在します。
尤も、そういうのは、スタジオマンの仕事だし、彼らもプロなので、スタジオを使うとなった時に、どのようなセッティングが良いのか、一度相談してみるべきだろう。
2013年11月29日金曜日
CASIO EXILIM EX-10
未来はそこにある。 シャッターを押せば、 そこに映っている。(WIRED)
写真趣味のデストピアって、カメラ趣味だけが生き残り、人の評価を気にして、写真なんて一枚も残さない世界でしょ?
この前書いた話の続きになりそうだ。
ぶっちゃけ、Nみてぇなカメラだなと(コラ
尤も、このサンプルを見て、猛烈に欲しいとか感じない訳だけど、「写真の進むべき一つの方向」だよね。
写真趣味のデストピアって、カメラ趣味だけが生き残り、人の評価を気にして、写真なんて一枚も残さない世界でしょ?
こうなってくると、もう、誰も自分の基準で写真を見ることも出来なくなる。
写真にとって大切なことは、それを見た時に何を感じるかだ。それは、当然、自分の写真に対する自分の意識も含めてのこと。
自分の思い通りにカメラをコントロールできることは大切だし、己の感性に対して正直に写真を撮れるって言うのは大切かも知れない。
けれど、その時、多くの人が希望する「きれいに、あざやかに、はっきりと」した写真ばかりが大切だと思い込む道を歩む事にはならないだろうか?
いや、別にそれでもいいのだろうけど、「多数派こそが正義」と言う価値観は、せいぜい政治の中だけにして欲しいものだ。
それが多数派である限り、自分は本当にそれを美しいと思っているのかを再検証しなくてはならない。人がそうだと言うから、自分にそのように思わせているのかも知れないと。
(同時に、少数派だから格好いいと言う感性も疑わなくてはならないが)
いずれにしても、自身をより知る為には、自身の観念を破壊してしまわなければならない。
自分の思い通りにカメラをコントロールできることは大切だし、己の感性に対して正直に写真を撮れるって言うのは大切かも知れない。
けれど、その時、多くの人が希望する「きれいに、あざやかに、はっきりと」した写真ばかりが大切だと思い込む道を歩む事にはならないだろうか?
いや、別にそれでもいいのだろうけど、「多数派こそが正義」と言う価値観は、せいぜい政治の中だけにして欲しいものだ。
それが多数派である限り、自分は本当にそれを美しいと思っているのかを再検証しなくてはならない。人がそうだと言うから、自分にそのように思わせているのかも知れないと。
(同時に、少数派だから格好いいと言う感性も疑わなくてはならないが)
いずれにしても、自身をより知る為には、自身の観念を破壊してしまわなければならない。
己の美意識の限界ってものを、積極的に破壊しなくちゃいけない。
色んな写真や美術品を鑑賞するのもそうだし、写真そのものに対する洞察も必要だ。
そして、写真のもう一つの魅力として、己の意識しなかった意外性という部分も追加されるだろう。
ここで僕は、偶然に任せた写真というものが嫌いだと言う事を告白しなくてはならない。
どうしても、再現性を求めたくなる。
しかし、それでよいのだろうか?
僕は、偶然の何を嫌っているのだろうか?
偶然現れた被写体を撮影して、それを我が物として自慢するのが気に入らないのだろうか?
しかし、例えば、珍しい動物を探す為に、ジャングルに分け入って、何ヶ月も張り込んで……そして、偶然をたぐり寄せて撮影した写真を、「運が良いだけだ」と言う一言で済ませる事は出来ない。
人は、「そうした場合と、偶然変なモノを見かけて、iPhoneで撮って沢山の"いいね"を貰うのを同列に並べるのが間違いだ」と言うだろう。
そう、それはその写真の為に、どれほど努力したかと言う要素が加わるから。
では、苦労したことが、何か意味を持つことなのだろうか?
苦労した駄作を、我々は「それは素晴らしいね」などと喜べるだろうか?
ジジイの写真に対する苦労話は、一時間一万円ぐらい貰わないと、とても聞く気にならないし、そんな事に我々は何も感動しない。
「感動は、人並み以上の苦労があった場合だ」などと言う反論も出るだろうが、では「人並みの苦労」って何だろう? と言うお話になってしまって、これには出口がない。
極端な話、大型猛禽類の写真を見た時、同じ場所で何時間も粘った写真なのか、それとも、爆竹か何かで脅かされて飛び出した所を捉えた写真なのか、それだけでは区別は付かない。
確かに、後々、現場を知る人間の密告で、それが発覚すれば、写真の評価は下がるだろう。
しかし、そんな事で価値の左右される写真に、何の意味があるだろう?
昨日まで素晴らしいと言っていた写真が、その撮影者を嫌いになった程度のことで、駄作だ何だと騒ぎ立てるような写真が何の意味を持つだろう?
我々は、写真に関して、その部分を究極として考えなければならない。
逆を言えば、その部分を見つける方法が見つかれば、それはどのような形態であってもよいのではないか?
そこに、キヤノンのNやカシオのEX-10は、機械的にそれを押し付けると言う方法で、答えている。
他の手段としては、ノーファインダーであったり、センサーカメラであったり、はたまた"拾った写真"を再利用する事だったりする。
写真は、己の美意識の範囲で作っていては、せいぜいそこまでなのだ。
我々は、我々の写真を通して、写真を発見しなくてはならないのだ。
ここで僕は、偶然に任せた写真というものが嫌いだと言う事を告白しなくてはならない。
どうしても、再現性を求めたくなる。
しかし、それでよいのだろうか?
僕は、偶然の何を嫌っているのだろうか?
偶然現れた被写体を撮影して、それを我が物として自慢するのが気に入らないのだろうか?
しかし、例えば、珍しい動物を探す為に、ジャングルに分け入って、何ヶ月も張り込んで……そして、偶然をたぐり寄せて撮影した写真を、「運が良いだけだ」と言う一言で済ませる事は出来ない。
人は、「そうした場合と、偶然変なモノを見かけて、iPhoneで撮って沢山の"いいね"を貰うのを同列に並べるのが間違いだ」と言うだろう。
そう、それはその写真の為に、どれほど努力したかと言う要素が加わるから。
では、苦労したことが、何か意味を持つことなのだろうか?
苦労した駄作を、我々は「それは素晴らしいね」などと喜べるだろうか?
ジジイの写真に対する苦労話は、一時間一万円ぐらい貰わないと、とても聞く気にならないし、そんな事に我々は何も感動しない。
「感動は、人並み以上の苦労があった場合だ」などと言う反論も出るだろうが、では「人並みの苦労」って何だろう? と言うお話になってしまって、これには出口がない。
極端な話、大型猛禽類の写真を見た時、同じ場所で何時間も粘った写真なのか、それとも、爆竹か何かで脅かされて飛び出した所を捉えた写真なのか、それだけでは区別は付かない。
確かに、後々、現場を知る人間の密告で、それが発覚すれば、写真の評価は下がるだろう。
しかし、そんな事で価値の左右される写真に、何の意味があるだろう?
昨日まで素晴らしいと言っていた写真が、その撮影者を嫌いになった程度のことで、駄作だ何だと騒ぎ立てるような写真が何の意味を持つだろう?
我々は、写真に関して、その部分を究極として考えなければならない。
逆を言えば、その部分を見つける方法が見つかれば、それはどのような形態であってもよいのではないか?
そこに、キヤノンのNやカシオのEX-10は、機械的にそれを押し付けると言う方法で、答えている。
他の手段としては、ノーファインダーであったり、センサーカメラであったり、はたまた"拾った写真"を再利用する事だったりする。
写真は、己の美意識の範囲で作っていては、せいぜいそこまでなのだ。
我々は、我々の写真を通して、写真を発見しなくてはならないのだ。
2013年11月28日木曜日
2013年11月27日水曜日
あいち戦国姫隊
今は毎週水曜日に、名古屋城に登場するって事で、ちょっとだけ撮ってみた。
って事で、二枚目の写真は、見事にそう言う影が出ている。他の写真はもっと酷かった。
まぁ、私の腕の問題だと言えば、それまでなんだけどねぇ。
自己紹介と雑談で十分強という所か。その後、三十分ぐらい掛けてサイン会、最後にちょこっと集合写真という感じ。
サイン会に集まったのは二十人強ぐらいか。殆ど固定ファンだろう。
演舞を別の時間にやるのだけど、並んでレンズを向けるって行為には相変わらず疑問を感じるのでパスした。
別にアイドルファンはダメだと言うつもりではないが、僕には無理だなと思った。
こういう交流の時間がファンにとって楽しい時間に違いないのだろうけれど、僕はその部分にこそ不快感を感じる。
ここで僕が何をどうアピールした所で、彼女たちにとって格別の存在(と言っても友達と思う程度の意味)にはなりはしない。確かに、足繁く通えば顔を覚えてくれるだろうし、名乗ればそれだって憶えてくれるだろう。幾らか言葉を交わせば、それに応じた受け答えをしてくれると期待できる。
しかし、そこにそれ以上の意味はあるだろうか?
僕が今、何か突発的な事件により命を落としたとする。その時、通夜や葬式に来る人は何人いるだろう?
僕の場合、せいぜい親戚が幾人か集まる程度だろう。そして、それは親戚だからと言う理由以外の理由を持たない。そこで、彼らが僕のことに関して何を語るのだろう。
特別な存在とは、詰まる所、葬式にて故人を偲ぶ程の思い出がある存在と言う事だ。
我々が往年の歌姫の死や、偉大な俳優の死を前にして、その思い出を語ることは幾らでも出来る。しかし、彼らが我々を語ることは決してない。
ローカルアイドルや地下アイドルの類にしても、その関係はほぼ変わらない。
ファンであると言う事は、その状態で満足することである。これに異論がある方は、間違いなくアイドル依存症である。精神科への通院を強くお勧めする。
自分が特別でないと言う事でも、なお満足するというポリシーは、決して恥ずかしいことではない。
むしろ、普通はそういう風にして、現実と折り合いを付けるものだ。
だから、もう一度言うけれど、僕はアイドルファンを否定しない。
"自分はそうならない"と言うだけの理由で相手を否定する人間は、どんな人間だろうと、実際愚劣だから。
僕の精神は、"何処まで行っても孤独だ"と言う事に、未だに諦めきれない所があるようだ。
それ故に、その可能性から遠ざかるような事に対して、拒絶するところがあるのだろう。
こういうアイドルを見て、僕自身が僕自身に「これはない」と語りかけるのは、そんな事情である。
写真を撮る人にとっては、やっぱりこういう環境はナシだなと思った。
視線を自由に得られる訳でもないし、光のコントロールだって出来ない、人垣が邪魔で、思うようなフレームワークが出来ない。
こう言う事を、じゃぁ、ここで実現しようとすれば、非常に我が儘な事を言うことになるから、その辺を妥協して撮影することになる。その辺の妥協で、いい写真になるのかというと、それは違うなと。
いやまぁ、記録としては写ればいいのだけど、撮って気持ちいいかと言われればナシだなと。
この辺は、コスプレの囲み撮影と同じだ。
んでもって、今回は具体的にどんな不満かというと、撮影時間が12時過ぎぐらい。って事で、冬とはいえ光線は高い高度からやって来る。
当然、顔に影が差す訳で、目にくまのような影が出る(他にほうれい線や鼻の下辺りの影も出てきてみっともない)。
強力なストロボでも焚けばいいかなぁとも思うけど、こういう所で、そんな事やっちゃう?
送信者 名城公園 |
って事で、二枚目の写真は、見事にそう言う影が出ている。他の写真はもっと酷かった。
まぁ、私の腕の問題だと言えば、それまでなんだけどねぇ。
自己紹介と雑談で十分強という所か。その後、三十分ぐらい掛けてサイン会、最後にちょこっと集合写真という感じ。
サイン会に集まったのは二十人強ぐらいか。殆ど固定ファンだろう。
演舞を別の時間にやるのだけど、並んでレンズを向けるって行為には相変わらず疑問を感じるのでパスした。
別にアイドルファンはダメだと言うつもりではないが、僕には無理だなと思った。
こういう交流の時間がファンにとって楽しい時間に違いないのだろうけれど、僕はその部分にこそ不快感を感じる。
ここで僕が何をどうアピールした所で、彼女たちにとって格別の存在(と言っても友達と思う程度の意味)にはなりはしない。確かに、足繁く通えば顔を覚えてくれるだろうし、名乗ればそれだって憶えてくれるだろう。幾らか言葉を交わせば、それに応じた受け答えをしてくれると期待できる。
しかし、そこにそれ以上の意味はあるだろうか?
僕が今、何か突発的な事件により命を落としたとする。その時、通夜や葬式に来る人は何人いるだろう?
僕の場合、せいぜい親戚が幾人か集まる程度だろう。そして、それは親戚だからと言う理由以外の理由を持たない。そこで、彼らが僕のことに関して何を語るのだろう。
特別な存在とは、詰まる所、葬式にて故人を偲ぶ程の思い出がある存在と言う事だ。
我々が往年の歌姫の死や、偉大な俳優の死を前にして、その思い出を語ることは幾らでも出来る。しかし、彼らが我々を語ることは決してない。
ローカルアイドルや地下アイドルの類にしても、その関係はほぼ変わらない。
ファンであると言う事は、その状態で満足することである。これに異論がある方は、間違いなくアイドル依存症である。精神科への通院を強くお勧めする。
自分が特別でないと言う事でも、なお満足するというポリシーは、決して恥ずかしいことではない。
むしろ、普通はそういう風にして、現実と折り合いを付けるものだ。
だから、もう一度言うけれど、僕はアイドルファンを否定しない。
"自分はそうならない"と言うだけの理由で相手を否定する人間は、どんな人間だろうと、実際愚劣だから。
僕の精神は、"何処まで行っても孤独だ"と言う事に、未だに諦めきれない所があるようだ。
それ故に、その可能性から遠ざかるような事に対して、拒絶するところがあるのだろう。
こういうアイドルを見て、僕自身が僕自身に「これはない」と語りかけるのは、そんな事情である。
2013年11月25日月曜日
ネオクラシックデザインとかNとかS02とか
オリンパスのOM-DやらフジのXシリーズやらのお陰で、どうにもこうにもこういうタイプのカメラが流行っているようですね。
ニコンからもDfなんてカメラなんか出てきちゃって、もう、意味が分かんない。
こういうのはデジタル世代の悪趣味かと思っていたら、“チェキ”instax mini 90 ネオクラシックなんてものも出てくる始末。
別にいいんだよ。どんなデザインでも、流行ってものがあるし、何だかんだで、あのデザインが一番機能的なんだってのもあるだろう。
でもなぁ。もうちょっと、挑戦的なデザインでもいいんじゃないのかなぁ。
と言っても、その手の挑戦はデジカメ登場時に散々試されて消えていった訳だが……
いやしかし! 昔のカメラを調べてみると、今よりもずっと前衛的で奇抜なコンセプトのカメラが沢山あった訳だから、もっと挑戦して欲しいかなぁと。(と、言うより、110やディスクカメラのノウハウは確実にコンデジ開発に生かされたはず)
なんて書いたけど、売れるものって、良いものが売れる訳じゃないからなぁ。
メーカー側も、その辺分かっていて、変なことやらないだけなんだなと。
高級機で変なことが出来ないとなると、主力ではないコンデジやトイデジで小規模に挑戦するしかないんだけど、そもそもコンデジがこんなに酷い状況になると、そう言う商売が更に難しくなる。
せいぜいトイデジだけだなぁ。
と、嘆くのは、単にカメラオタクな所為だろう。別に、探せば他にもあるだろ! と。
ソニーのQX10/100が出てきた時、散々こき下ろしたからなぁ。
いや、僕は、それでも評価するのはあるよ!
キヤノンのPowerShot Nなんかは、新しい遊び方を提供する凄いカメラだと思う。
QXがダメでNが凄いってどういう神経だ? とか言われそうだけど、アレは一遍キヤノンプラザで触ってみてから言ってみた方が良い。
もう、自動的に意外性を誘導してくれる。写真本来の楽しさを再教育してくれるカメラだ。
一方、QXは、「スマホのカメラで撮るより綺麗な写真が撮れますよ。そして、それをスマホに流し込みますよ」ってだけの価値しかない。
スマホより綺麗に? コンデジを捨ててスマホに行った人達は、画質に対する希望を強く持っていないのに?
ユーザーはカメラに何を求めるだろう?
①手軽さ
②写真の共有
③画質
④ステータス
⑤写真行為そのもの
①や②はスマホで十分だ。③や④は高級コンデジやレンズ交換式のカメラとなる。
じゃぁ、⑤は?
結局、今のカメラメーカーに足りないのは、写真行為そのものをどのようにして楽しむのか? と言う提案である。
確かに、メーカーは写真に対する啓蒙活動を行っている。しかし、それは今ある価値の延長でしかない。
新たな遊び方を提案しなければ、老人の趣味に墜ちてしまうのではないか?
その部分で言えば、Nは意外性という答えを用意してくれた。人間の美的感覚をビンビン刺激してくれる。
では、それ以外で何か遊べそうなのは何か?
ポラロイドやクラシックカメラは、「自分たちがその世代でなかった」と言う新鮮さに牽引されている。
これは、酷い言い方かも知れないが、ファッション感覚である。(勿論、そのファッションこそ重要なのだが)
だが、それに慣れてしまうと、次々に新手新手を探すようになってしまう。これでは、新しい遊び方の想像ではない。車輪の再発明だ。
僕の中で、ポテンシャルが高そうで、しかし残念な結果に終わったのはニコンのCOOLPIX S01/S02である。
ニッコールレンズの光学三倍ズームは悪くない。掌に入るカメラのクセにトイデジを圧倒する画質の筈だ。
しかし、機能としてはどうなのだろう? 秀でた機能は何一つないのだ。
QXのような使い方をするなら、Wi-Fiぐらい搭載すべきじゃないのか? メモリーカードの交換が出来ないので、カメラ屋の印刷機も使えない。PCがない人は、一気に積むカメラだ。
では、スマホなんて無関係に好きなように写真が撮れるだろうか?
否だ! せいぜいちっちゃいコンデジである。コンデジと比較すれば、むしろ見劣りするぐらいの性能だ。
折角のタッチパネルも、写真の好きなような加工の為に扱えるものではないのだから、何の為にそれを採用したのかも分からない。
改善案① Androidを入れる(当然、Wi-Fi&Bluetoothも)
他の落ち目のコンデジなんかより、こっちの方が余程入れる価値のある。
希望としては、スマホを介さずに編集した写真をTwitter等に投稿出来る機能である。勿論、それだけならAndroidじゃなくてもいいけど、サードパーティーから面白い提案を受け容れられるようにするのは決して悪くない。Dropboxを使って動的な処理も出来るだろう。また、仕様を公開すれば純正じゃないカメラアプリが意外な仕事をしてくれるかもしれない。
改善案② もっとソリッドなデザインを
いやぁ、あれも悪くないんだけど、掌に収まる何かって、握りしめても安心できる感じの方がうれしいんじゃないかな?
もっと角張ったデザインでも悪くないと思うんだよ。アルミブロック削り出しみたいなのとか。
改善案③ もっと操作性を
フルオートでやらせろとまで言わないけど、その辺の拘りは欲しいかなぁ。
人間は、全自動を望む一方、自分で何でも決めたい欲望も存在するのだ。
それを実現するには、やっぱりタッチパネルの性能を上げるとかあってもいいんじゃないかなぁ。
改善案④ もっと拡張性を
人は何かとオプションに弱い。そして、自分だけの一台にしたいはずだ。
勿論、こういう雑多な道具は携行性を見事に損なわせる。しかし、どうだろう? 数百ミリグラム単位で軽量化したケイタイに、女子は何倍の重さのストラップをぶら下げていただろう?
スマートな外観のiPhoneにどれほど嵩高いケースを載せる人が居るだろう?
だから、こういう"見た目重視"の道具は必要である。外装シールでもいいし、レンズフードだのグリップだのと言うあんまり意味のない撮影道具は、是非とも必要なのだ。
マクロレンズやテレコン、ワイコンの類は、喜ぶ人も出てくるだろう。
その他、面白そうなものは幾つか思いついたが、ヲタだけしか喜ばないのでやめた。
また、Bluetoothなどでコントロールする際の仕様などは、オープンにすれば、面白い製品を作ってくれるスキマ産業が現れるのは確実だ。
まぁ、こんな事書いても、しゃーないっちゃぁしゃーないんだけどね。
でも、これからの写真業界の課題は、どうやって写真の楽しさに誘導するかが問題の筈だ。
「カメラを一台でも多く売る」と言う問題ではない。写真を趣味とする人口をどのようにして増やすのか? と言う問題なのだ。
ニコンからもDfなんてカメラなんか出てきちゃって、もう、意味が分かんない。
こういうのはデジタル世代の悪趣味かと思っていたら、“チェキ”instax mini 90 ネオクラシックなんてものも出てくる始末。
別にいいんだよ。どんなデザインでも、流行ってものがあるし、何だかんだで、あのデザインが一番機能的なんだってのもあるだろう。
でもなぁ。もうちょっと、挑戦的なデザインでもいいんじゃないのかなぁ。
と言っても、その手の挑戦はデジカメ登場時に散々試されて消えていった訳だが……
いやしかし! 昔のカメラを調べてみると、今よりもずっと前衛的で奇抜なコンセプトのカメラが沢山あった訳だから、もっと挑戦して欲しいかなぁと。(と、言うより、110やディスクカメラのノウハウは確実にコンデジ開発に生かされたはず)
なんて書いたけど、売れるものって、良いものが売れる訳じゃないからなぁ。
メーカー側も、その辺分かっていて、変なことやらないだけなんだなと。
高級機で変なことが出来ないとなると、主力ではないコンデジやトイデジで小規模に挑戦するしかないんだけど、そもそもコンデジがこんなに酷い状況になると、そう言う商売が更に難しくなる。
せいぜいトイデジだけだなぁ。
と、嘆くのは、単にカメラオタクな所為だろう。別に、探せば他にもあるだろ! と。
ソニーのQX10/100が出てきた時、散々こき下ろしたからなぁ。
いや、僕は、それでも評価するのはあるよ!
キヤノンのPowerShot Nなんかは、新しい遊び方を提供する凄いカメラだと思う。
QXがダメでNが凄いってどういう神経だ? とか言われそうだけど、アレは一遍キヤノンプラザで触ってみてから言ってみた方が良い。
もう、自動的に意外性を誘導してくれる。写真本来の楽しさを再教育してくれるカメラだ。
一方、QXは、「スマホのカメラで撮るより綺麗な写真が撮れますよ。そして、それをスマホに流し込みますよ」ってだけの価値しかない。
スマホより綺麗に? コンデジを捨ててスマホに行った人達は、画質に対する希望を強く持っていないのに?
ユーザーはカメラに何を求めるだろう?
①手軽さ
②写真の共有
③画質
④ステータス
⑤写真行為そのもの
①や②はスマホで十分だ。③や④は高級コンデジやレンズ交換式のカメラとなる。
じゃぁ、⑤は?
結局、今のカメラメーカーに足りないのは、写真行為そのものをどのようにして楽しむのか? と言う提案である。
確かに、メーカーは写真に対する啓蒙活動を行っている。しかし、それは今ある価値の延長でしかない。
新たな遊び方を提案しなければ、老人の趣味に墜ちてしまうのではないか?
その部分で言えば、Nは意外性という答えを用意してくれた。人間の美的感覚をビンビン刺激してくれる。
では、それ以外で何か遊べそうなのは何か?
ポラロイドやクラシックカメラは、「自分たちがその世代でなかった」と言う新鮮さに牽引されている。
これは、酷い言い方かも知れないが、ファッション感覚である。(勿論、そのファッションこそ重要なのだが)
だが、それに慣れてしまうと、次々に新手新手を探すようになってしまう。これでは、新しい遊び方の想像ではない。車輪の再発明だ。
僕の中で、ポテンシャルが高そうで、しかし残念な結果に終わったのはニコンのCOOLPIX S01/S02である。
ニッコールレンズの光学三倍ズームは悪くない。掌に入るカメラのクセにトイデジを圧倒する画質の筈だ。
しかし、機能としてはどうなのだろう? 秀でた機能は何一つないのだ。
QXのような使い方をするなら、Wi-Fiぐらい搭載すべきじゃないのか? メモリーカードの交換が出来ないので、カメラ屋の印刷機も使えない。PCがない人は、一気に積むカメラだ。
では、スマホなんて無関係に好きなように写真が撮れるだろうか?
否だ! せいぜいちっちゃいコンデジである。コンデジと比較すれば、むしろ見劣りするぐらいの性能だ。
折角のタッチパネルも、写真の好きなような加工の為に扱えるものではないのだから、何の為にそれを採用したのかも分からない。
改善案① Androidを入れる(当然、Wi-Fi&Bluetoothも)
他の落ち目のコンデジなんかより、こっちの方が余程入れる価値のある。
希望としては、スマホを介さずに編集した写真をTwitter等に投稿出来る機能である。勿論、それだけならAndroidじゃなくてもいいけど、サードパーティーから面白い提案を受け容れられるようにするのは決して悪くない。Dropboxを使って動的な処理も出来るだろう。また、仕様を公開すれば純正じゃないカメラアプリが意外な仕事をしてくれるかもしれない。
改善案② もっとソリッドなデザインを
いやぁ、あれも悪くないんだけど、掌に収まる何かって、握りしめても安心できる感じの方がうれしいんじゃないかな?
もっと角張ったデザインでも悪くないと思うんだよ。アルミブロック削り出しみたいなのとか。
改善案③ もっと操作性を
フルオートでやらせろとまで言わないけど、その辺の拘りは欲しいかなぁ。
人間は、全自動を望む一方、自分で何でも決めたい欲望も存在するのだ。
それを実現するには、やっぱりタッチパネルの性能を上げるとかあってもいいんじゃないかなぁ。
改善案④ もっと拡張性を
人は何かとオプションに弱い。そして、自分だけの一台にしたいはずだ。
勿論、こういう雑多な道具は携行性を見事に損なわせる。しかし、どうだろう? 数百ミリグラム単位で軽量化したケイタイに、女子は何倍の重さのストラップをぶら下げていただろう?
スマートな外観のiPhoneにどれほど嵩高いケースを載せる人が居るだろう?
だから、こういう"見た目重視"の道具は必要である。外装シールでもいいし、レンズフードだのグリップだのと言うあんまり意味のない撮影道具は、是非とも必要なのだ。
マクロレンズやテレコン、ワイコンの類は、喜ぶ人も出てくるだろう。
その他、面白そうなものは幾つか思いついたが、ヲタだけしか喜ばないのでやめた。
また、Bluetoothなどでコントロールする際の仕様などは、オープンにすれば、面白い製品を作ってくれるスキマ産業が現れるのは確実だ。
まぁ、こんな事書いても、しゃーないっちゃぁしゃーないんだけどね。
でも、これからの写真業界の課題は、どうやって写真の楽しさに誘導するかが問題の筈だ。
「カメラを一台でも多く売る」と言う問題ではない。写真を趣味とする人口をどのようにして増やすのか? と言う問題なのだ。
2013年11月14日木曜日
写真撮影技術11「ピンボケらしいもの」
ボケた写真を見ると、馬鹿の一つ憶えみたいに「ピンボケだ」って言う人がいますが、ボケているように見えても、状況状況によって、内容が異なりますし、対処の方法も当然異なってきます。
と、言う事で、今回はその辺を解説しました。
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ニコニコ動画
と、言う事で、今回はその辺を解説しました。
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2013年11月13日水曜日
2013年11月12日火曜日
2013年11月10日日曜日
2013年11月8日金曜日
今建築中のビルが完成すると、多分見えなくなるので、その前に撮る
送信者 名古屋市西区その他 |
ミラー800mmにサードパーティの中古テレコンを付けて、35mm換算2400mmにして撮影。
距離はざっと、1.1~1.2kmぐらい。
拡大するとボケボケですなぁ。
拡大するとボケボケですなぁ。
それでも、ピントがかなりシビア。もう無茶苦茶ですがな。流石に、これで天体撮影したいって気分にはなりませんな。
2013年11月6日水曜日
素人だからこそRAWで撮ろう
いやまぁ、JPEGで撮っててもいいんですけどね。
RAWで撮らんでも済む人は、JPEGで撮った方が良い訳だし、その辺は自分の考え次第で……
実際、画質で写真の価値が決まるだなんて考えるのはダサいしね。ただ、それは、ちゃんと画質の良い写真を撮った経験があって言える訳ですから、初心者や素人が"不良っぽい"事に憧れるのは、もう少し待ってからでもよいでしょう。
大体、素人が趣味で撮ってるなら、少しでも遊びの出来るポイントは多い方が良いし、そのお陰で使える写真が増えた方が嬉しいしね。
こういう話を言うと、甘えだ何だとお叱りを受けるかも知れないけど、別に報道カメラマン目指す訳じゃないんだし、いいんじゃないっすかねぇ。
それ以上に、RAWで編集していると、写真が上手くなります。(多分)
と、言うのも、案外、自分の写真をじっくり眺める機会ってないですよね。
現像処理って言うのは、(バッチ処理でもしない限り)否でも応でもそれを見ることになります。
そこで、問題点に気付き、更にそれを修正する事により、何をどうすれば写真が良くなるのか? を改めて考えることが出来るんです。
と、言う事で、修正ポイントを色々考えて行きましょう。
"作例"を出した方がいいんでしょうけど、「ウチの持ち出して本を出してもいいよ」と言われない限り、着手に数年かかりそうです。
どうしても欲しい場合は、私のケツでも叩いてやって下さい……Mじゃないんで、文字通り受け取らないでね。
ツイッターなんかで「これからRAW現像しなくちゃ」とか言いつつ、WBも直さねぇ写真を上げている人とかたまにいます。何がしたいんですかね?
現像処理には、バッチ処理というのがありまして、現像ソフトの自動修正をそのまま適用して全部JPEGに変換する方法があります。
って、こんなの普通にカメラがそのまま出した写真と変わらないじゃん……
言い訳は幾つか思い浮かぶけど、それでどうドヤ顔出来るのかよく分かりません。
今回は、一枚一枚写真について考え、反省することが前提なので、バッチ処理は行いません。
尤も、レンズ補正を全部の写真に適用させるとか、基本的に彩度を上げた写真から修正したいとか、そういう場合は、現像設定を全部にコピーしちゃっても大丈夫です。
あと、タイムラプスの為に現像設定を統一する必要がある場合は、この限りではありません。
何を目的として、何の為にそうするのか考えて、適宜楽をして、適宜手間を掛けましょう。
傾かずに撮るのが一番なんですが、まぁ、細かいことは難しいですからね。
水平出しの為の道具もあるし、最近のカメラはそういうのを教えてくれる機能もあるのですが……物理的に水平が出ているのと、写真的に水平なのはちょっと違うんですよね。
例えば、前景に置いた柵が傾いている場合、人間の目は、この柵の方で水平を感知したりします。
背景に垂直に立つ木なんかがあった場合、どちらを優先するかは難しいですが、この辺は、PCの画面などで見ないと確認しにくいものです。
また、二種類撮ってみて、結局よかったのは、その二つの中間ぐらいの傾きって事もあります。
また、水平や垂直に当たる線が沢山あり、そのどれもが揃っていない場合、視覚の重心となる線がどこに当たるかというのは、意外に撮影時には分からないものです。
1度の傾きも随分印象を変えますから、この辺の修正は重要です。
10度も20度も変わってくる場合は、自分の冷静さを疑う必要も出てきますが、微調整はこの辺で行っても恥ずかしくないでしょう。
現像ソフトが修正データを持っている場合、適用させるのは便利かも知れません。
具体的に何をやっているかというと、レンズによる歪みを補正します。
ただ、修正しない方がいいって場合もあるので、チェックしたり外したりして、その違いを確認した方が良いですね。
また、Lightroom5では、歪みを補正する機能として、Uprightなんてテクノロジーを用意していたりします。(持ってないので何も言えませんが)
歪みとなると、撮影技術そのものでは到底カバーできないので、積極的に使っても良いでしょう。
しかし、広角レンズのパースは表現手段として、有利な場合もあります。考えながら使いましょう。
いわゆる切り抜きです。
仕方ないよね。
などと言うのはアレですが、トリミング前提で写真を撮る場合もあります。
有名どころでは、アンリ・カルティエ・ブレッソンの「サン・ラザール駅裏」なんかがそうですね。
手前の柵越しに、トリミングする事を見越して撮ったそうです。
そういう例を出してしまうのは言い訳臭いのでアレですが、構図もへったくりもない写真を「折角撮ったから」と言う理由で世に出してしまうぐらいなら、ちゃっちゃとトリミングしちゃいましょう。
「センスねぇな」って言われるより「写真下手だね」って言われた方がマシだと思っています。
下手なら美味くなるもん。
まぁ、構図をワザと崩すってのが目的だったり、構図を気にしない写真を目指すと言うのが目的となるなら、トリミングも傾き修正もしない方が、"ストーリー"として成立する訳ですが、今回はそう言う話じゃないので、修正しちゃいます。
また、アスペクト比(縦横比)も調整しちゃいます。
まんまるなお皿に載った料理を真上から写した場合は、正方比(縦横が1対1)に修正した方がちょうど良いですからね。(そして、そう言う方針はなるべく、撮る時に決めておくことにしましょう)
最近のカメラは、カメラの設定で変更出来ますが、RAWファイルにはトリミングされないデータが保存されるはずです。
画面全体の色味を調整します。
カラーキャリブレーションをやってどうの……なんてやらない限り、現像処理でやっつけてしまってOKです。
カメラで修正しようと、PCで修正しようと、現実的に差はないからです。
後に、彩度の設定に関しても話しますが、カメラ内のこの辺の設定は、JPEGに変換するのに使われるばかりです。
RAWファイルは、生のデータですから、この辺の設定はせいぜい上乗せされる程度です。
グレーカードを使って、WBを補正して……なんて事を現場でやっても良いのですが、光源の方向や撮影場所が変わる毎に光源の色なんて変わってくる訳ですから、そういうのが気になる人は、カラーメーターでも買った方が楽じゃないですかね?
尤も、最近のカメラは優秀なので、AWB(オートホワイトバランス)だけで、がんがん的中します。
普通は意識しなくてもいいですかね――という訳にも行かないので、調整しましょう。
さて、補正の方法ですが、白或いはグレーの部分を抽出する方法が一番安定しています。
大抵の現像ソフトで、スポイトのアイコンをしているのがソレです。
ドールや着ぐるみ、或いは人間を撮影する場合は、白目の部分を拡大して、そこを基準点にすると、大体一発で決まります。
それ以外に、白いブラウスや、コンクリの路面なんかでも行けるかも知れません。
尤も、夕日が差しているとか、そんな環境なら、別にニュートラルな色に拘る必要はありませんよね。
或いは、"日陰"や"曇り"の設定に変更した方が暖かみのある写真になるので、桜の撮影の時には、わざとそうしてやる手もあります。
WBにうるさい人が居ますが、広告写真みたく色再現に対する要求が強くない限り、"真のWB"なんかに意味はありません。自分がいいように、その辺を調整すると、凡庸な写真でも突然ぐっと来る事もあります。
一つのことに拘る余り、目的を失ってしまうのは本質ではありません。
工夫次第で、様々なテイストに仕上げることが出来るのです!
そこで出てくるのが手動で補正することです。
この辺は、自分で色々いじって慣れるしかありませんけど……
変更できるパラメーターは二つ。
一つ目は、色温度です。
スライドバーを、片方に寄せると青みがかった写真に、反対側に寄せると黄色みがかった状態になります。
基本的に左側が青みがかった状態になりますが、全部のソフトがどうか知らないので、こんな書き方をします。
二つ目は色かぶりです。
これも、どのソフトも左側に寄せると、緑がかった写真になり、右側に寄せると赤みがかります。(ソフトによっては逆って可能性もありますが)
赤って言うよりマゼンタだし、青って言うよりシアンですが、まぁ、細かいことはどうでもいいです。
この二つを変更すると、様々な色調の写真を作れます。
仕方ないよね。
いやまぁ、露出1段階分ぐらいは普通にどうにでもなりますよ。
外でモニター見た時や、ヒストグラム見ても正常な場合はどうしようもないよね。
と……
無修正でも行ける写真でも、シャドウを持ち上げたり、ハイライトを押さえたりすると、もっと磨かれた写真になることがあります。
白飛び補正なんてのもあるので、救済措置には使えるかも。
なんて便利な道具があると、どんな写真でも階調を目に見えるようにしなければならないって気持ちになったりしますね。
影で暗くなった所を明るくしてみたり、明るすぎる所を押さえてみたり……
でも、そう言う方向に集中しすぎると、全体的に平面な写真になってしまいますね。
白飛び/黒つぶれ恐怖症みたいなのがあるようですが、「これらがあるからダメな写真だ」と騒ぎ立てるのは、所詮その程度の部分でしか写真を語れない連中です。
影を意図的に真っ黒にしたり、ハイライトを敢えて飛ばしてしまう写真だってあります。
重要なのは、何を表現するのか? であり、データの綺麗さを求めている訳ではないのですから。
その名の通り、明瞭になり、シャープになります。
前者はエッジを強調したりするんですかね。そんなもんです。
シャープネスは、全体的にシャープにします。
どちらも、ピンボケを補正することが出来るのですが……って最新のLightroomなんて手ぶれまで補正してくれます。
何から何まで便利になりましたね。
でも、本来は写真をブラシアップする為に使いたい機能ですね。
明るさを持ち上げたり、明瞭度やシャープネスを補正すると、ノイズが目立つようになります。
そうじゃなくても、長時間露光やISO感度ガン上げすると、ノイズが目立ちますね。
ノイズ低減は、ノイズをぼかして見えなくする機能なので、当然、解像感が悪化します。
シャープネスを上げて、その上ノイズ低減をやるというのは……無意味ではないですが、何もやらない方がいい場面の方が多い気がします。
鮮やかな写真にすると、なんか、めっちゃ上手い写真に見えるよね!
だから、画質が良い写真で喜んでいると、初心者臭く見えるんだって……と言う愚痴はやめましょう(ん
Lightroomだと、「自然な彩度」と「彩度」の二つがありますね。
他の現像ソフトでは、「自然な彩度」って名前が別の名前になっていますが、基本的にやる事は同じです。
「自然な彩度」は、彩度の低い箇所を持ち上げて全体的な彩度を整える機能です。
無印の「彩度」は、全体の彩度を一気に持ち上げる事になります。
上げるばかりが良いばかりではなくて、むしろ一気に下げてしまってみると言うのも手です。
まぁ、ゼロにするとモノクロになるのですが……この辺は別の項で。
彩度をいじりますと、全体的な印象が変わってきまして、WBを補正する必要が出てきたりします。
そして、WBが変更されると明るさが変わってきて……と同じような作業を繰り返すことになります。
まぁ、迷宮入りですね。
どこかでスパッと決めなくてはならないのですが。
実はですね、この辺りの設定を一つの箇所で修正できたりするんですよ!
それが、トーンカーブ。
RAWいじらなくても、PhotoshopElementsにJPEG放り込んで修正できる!
と言うより、コレに関しては「トーンカーブいじりゃぁええんじゃね?」みたいな話が出てきます。
それで行けるなら、それで行ってもいいんですけどね。
トーンカーブは、いじりすぎるともう、何が何だか分からなくなって、迷宮に迷い込む可能性が高いです。
いやまぁWBでも充分迷宮の中に這入り込む訳ですが、こっちの方は、踏ん切りが付かないと延々といじり倒して、最終的に、「何もしない方が良かった」ってオチが待ち構えるので、あんましオススメ出来ません。
印刷屋さん曰く「素人が下手に触るより、何もいじらない写真を寄越せ」みたいな場合があるようです。
と、言うのも、トーンカーブをいじると、元のデータから「いらんと判断した部分」がばっさり切り捨てられるからです。
要するに、後で修正する余地がなくなるんです。
RAWいじっている分にはいいんですけど、JPEGはどんどん情報が削られるので、色々と考え物なんですね。
尤も、RAW現像でもトーンカーブいじれるんで、色々やって遊んでみて下さい。
メタリックな写真とか、ファンキーな写真がいとも簡単に!
そう、簡単に一気に調子が変わるんで、少しずついじっては元に戻して……なんて作業が難しくなります。
そう言う意味でも、他の設定の方を優先した方が良さそうです。
RAW現像でも、JPEGのレタッチでも、要するに彩度を取り去るだけなんで簡単っちゃぁ、簡単なのですが……そう簡単な話でもないんです。
どの辺の明るさを中心に持ってくるかと言う事や、コントラストの強さを何処に持ってくるかと言う事で、かなり奥の深い設定が必要になります。
また、グレーとなる色合いを、シアンっぽく、緑かぶりっぽく……なんて変更してやるだけで、雰囲気が一気に変わってきたりします。
モノクロにすると、途端に玄人っぽく感じるので、時々使っては楽しむって手もあるのですが、ソレを芸術的だなんて勘違いすると……怖いです。
本気でモノクロで撮ろうとすると、カラーとは照明やカメラの設定を変えて撮らなくちゃいけないんですよね。
具体的には、ポートレートが分かりやすいでしょう。モノクロは陰影を大切にするのに対して、カラーは顔から影を消すように照明を用意します。
デジタル時代になって、色々と楽になりましたが、モノクロはやっぱり難しいです。
うっかり撮った写真をモノクロにして、案外良かったから……と言う使い方は、遊び程度にしておいた方が良いでしょう。
何故なら、それは現像処理を通じた経験ではなく、タダの運だからです。
モノクロで行きたいと思うなら、(RAWを残すにしても)モノクロ出力設定のJPEG出力にして、その場でモノクロの絵を確認しながら撮影した方がよさそうです。
とは言え、救済策に甘えまくるのも、成長にならないので、何が悪かったのかを噛み締めるように修正する事にしましょう。
あと、現像ソフトには、今回紹介した設定の数倍のパラメーターが用意されていますので……全部いじると、どうにもなりません(汗
遊ぶのもほどほどに。
RAWで撮らんでも済む人は、JPEGで撮った方が良い訳だし、その辺は自分の考え次第で……
実際、画質で写真の価値が決まるだなんて考えるのはダサいしね。ただ、それは、ちゃんと画質の良い写真を撮った経験があって言える訳ですから、初心者や素人が"不良っぽい"事に憧れるのは、もう少し待ってからでもよいでしょう。
大体、素人が趣味で撮ってるなら、少しでも遊びの出来るポイントは多い方が良いし、そのお陰で使える写真が増えた方が嬉しいしね。
こういう話を言うと、甘えだ何だとお叱りを受けるかも知れないけど、別に報道カメラマン目指す訳じゃないんだし、いいんじゃないっすかねぇ。
それ以上に、RAWで編集していると、写真が上手くなります。(多分)
と、言うのも、案外、自分の写真をじっくり眺める機会ってないですよね。
現像処理って言うのは、(バッチ処理でもしない限り)否でも応でもそれを見ることになります。
そこで、問題点に気付き、更にそれを修正する事により、何をどうすれば写真が良くなるのか? を改めて考えることが出来るんです。
と、言う事で、修正ポイントを色々考えて行きましょう。
"作例"を出した方がいいんでしょうけど、「ウチの持ち出して本を出してもいいよ」と言われない限り、着手に数年かかりそうです。
どうしても欲しい場合は、私のケツでも叩いてやって下さい……Mじゃないんで、文字通り受け取らないでね。
※始めに
ツイッターなんかで「これからRAW現像しなくちゃ」とか言いつつ、WBも直さねぇ写真を上げている人とかたまにいます。何がしたいんですかね?
現像処理には、バッチ処理というのがありまして、現像ソフトの自動修正をそのまま適用して全部JPEGに変換する方法があります。
って、こんなの普通にカメラがそのまま出した写真と変わらないじゃん……
言い訳は幾つか思い浮かぶけど、それでどうドヤ顔出来るのかよく分かりません。
今回は、一枚一枚写真について考え、反省することが前提なので、バッチ処理は行いません。
尤も、レンズ補正を全部の写真に適用させるとか、基本的に彩度を上げた写真から修正したいとか、そういう場合は、現像設定を全部にコピーしちゃっても大丈夫です。
あと、タイムラプスの為に現像設定を統一する必要がある場合は、この限りではありません。
何を目的として、何の為にそうするのか考えて、適宜楽をして、適宜手間を掛けましょう。
①傾きの修正
傾かずに撮るのが一番なんですが、まぁ、細かいことは難しいですからね。
水平出しの為の道具もあるし、最近のカメラはそういうのを教えてくれる機能もあるのですが……物理的に水平が出ているのと、写真的に水平なのはちょっと違うんですよね。
例えば、前景に置いた柵が傾いている場合、人間の目は、この柵の方で水平を感知したりします。
背景に垂直に立つ木なんかがあった場合、どちらを優先するかは難しいですが、この辺は、PCの画面などで見ないと確認しにくいものです。
また、二種類撮ってみて、結局よかったのは、その二つの中間ぐらいの傾きって事もあります。
また、水平や垂直に当たる線が沢山あり、そのどれもが揃っていない場合、視覚の重心となる線がどこに当たるかというのは、意外に撮影時には分からないものです。
1度の傾きも随分印象を変えますから、この辺の修正は重要です。
10度も20度も変わってくる場合は、自分の冷静さを疑う必要も出てきますが、微調整はこの辺で行っても恥ずかしくないでしょう。
②レンズ補正 / 歪み補正
現像ソフトが修正データを持っている場合、適用させるのは便利かも知れません。
具体的に何をやっているかというと、レンズによる歪みを補正します。
ただ、修正しない方がいいって場合もあるので、チェックしたり外したりして、その違いを確認した方が良いですね。
また、Lightroom5では、歪みを補正する機能として、Uprightなんてテクノロジーを用意していたりします。(持ってないので何も言えませんが)
歪みとなると、撮影技術そのものでは到底カバーできないので、積極的に使っても良いでしょう。
しかし、広角レンズのパースは表現手段として、有利な場合もあります。考えながら使いましょう。
③トリミング
いわゆる切り抜きです。
仕方ないよね。
などと言うのはアレですが、トリミング前提で写真を撮る場合もあります。
有名どころでは、アンリ・カルティエ・ブレッソンの「サン・ラザール駅裏」なんかがそうですね。
手前の柵越しに、トリミングする事を見越して撮ったそうです。
そういう例を出してしまうのは言い訳臭いのでアレですが、構図もへったくりもない写真を「折角撮ったから」と言う理由で世に出してしまうぐらいなら、ちゃっちゃとトリミングしちゃいましょう。
「センスねぇな」って言われるより「写真下手だね」って言われた方がマシだと思っています。
下手なら美味くなるもん。
まぁ、構図をワザと崩すってのが目的だったり、構図を気にしない写真を目指すと言うのが目的となるなら、トリミングも傾き修正もしない方が、"ストーリー"として成立する訳ですが、今回はそう言う話じゃないので、修正しちゃいます。
また、アスペクト比(縦横比)も調整しちゃいます。
まんまるなお皿に載った料理を真上から写した場合は、正方比(縦横が1対1)に修正した方がちょうど良いですからね。(そして、そう言う方針はなるべく、撮る時に決めておくことにしましょう)
最近のカメラは、カメラの設定で変更出来ますが、RAWファイルにはトリミングされないデータが保存されるはずです。
④WB(ホワイトバランス)
画面全体の色味を調整します。
カラーキャリブレーションをやってどうの……なんてやらない限り、現像処理でやっつけてしまってOKです。
カメラで修正しようと、PCで修正しようと、現実的に差はないからです。
後に、彩度の設定に関しても話しますが、カメラ内のこの辺の設定は、JPEGに変換するのに使われるばかりです。
RAWファイルは、生のデータですから、この辺の設定はせいぜい上乗せされる程度です。
グレーカードを使って、WBを補正して……なんて事を現場でやっても良いのですが、光源の方向や撮影場所が変わる毎に光源の色なんて変わってくる訳ですから、そういうのが気になる人は、カラーメーターでも買った方が楽じゃないですかね?
尤も、最近のカメラは優秀なので、AWB(オートホワイトバランス)だけで、がんがん的中します。
普通は意識しなくてもいいですかね――という訳にも行かないので、調整しましょう。
さて、補正の方法ですが、白或いはグレーの部分を抽出する方法が一番安定しています。
大抵の現像ソフトで、スポイトのアイコンをしているのがソレです。
ドールや着ぐるみ、或いは人間を撮影する場合は、白目の部分を拡大して、そこを基準点にすると、大体一発で決まります。
それ以外に、白いブラウスや、コンクリの路面なんかでも行けるかも知れません。
尤も、夕日が差しているとか、そんな環境なら、別にニュートラルな色に拘る必要はありませんよね。
或いは、"日陰"や"曇り"の設定に変更した方が暖かみのある写真になるので、桜の撮影の時には、わざとそうしてやる手もあります。
WBにうるさい人が居ますが、広告写真みたく色再現に対する要求が強くない限り、"真のWB"なんかに意味はありません。自分がいいように、その辺を調整すると、凡庸な写真でも突然ぐっと来る事もあります。
一つのことに拘る余り、目的を失ってしまうのは本質ではありません。
工夫次第で、様々なテイストに仕上げることが出来るのです!
そこで出てくるのが手動で補正することです。
この辺は、自分で色々いじって慣れるしかありませんけど……
変更できるパラメーターは二つ。
一つ目は、色温度です。
スライドバーを、片方に寄せると青みがかった写真に、反対側に寄せると黄色みがかった状態になります。
基本的に左側が青みがかった状態になりますが、全部のソフトがどうか知らないので、こんな書き方をします。
二つ目は色かぶりです。
これも、どのソフトも左側に寄せると、緑がかった写真になり、右側に寄せると赤みがかります。(ソフトによっては逆って可能性もありますが)
赤って言うよりマゼンタだし、青って言うよりシアンですが、まぁ、細かいことはどうでもいいです。
この二つを変更すると、様々な色調の写真を作れます。
⑤明るさ
仕方ないよね。
いやまぁ、露出1段階分ぐらいは普通にどうにでもなりますよ。
外でモニター見た時や、ヒストグラム見ても正常な場合はどうしようもないよね。
と……
無修正でも行ける写真でも、シャドウを持ち上げたり、ハイライトを押さえたりすると、もっと磨かれた写真になることがあります。
白飛び補正なんてのもあるので、救済措置には使えるかも。
なんて便利な道具があると、どんな写真でも階調を目に見えるようにしなければならないって気持ちになったりしますね。
影で暗くなった所を明るくしてみたり、明るすぎる所を押さえてみたり……
でも、そう言う方向に集中しすぎると、全体的に平面な写真になってしまいますね。
白飛び/黒つぶれ恐怖症みたいなのがあるようですが、「これらがあるからダメな写真だ」と騒ぎ立てるのは、所詮その程度の部分でしか写真を語れない連中です。
影を意図的に真っ黒にしたり、ハイライトを敢えて飛ばしてしまう写真だってあります。
重要なのは、何を表現するのか? であり、データの綺麗さを求めている訳ではないのですから。
⑥明瞭度 / シャープネス
その名の通り、明瞭になり、シャープになります。
前者はエッジを強調したりするんですかね。そんなもんです。
シャープネスは、全体的にシャープにします。
どちらも、ピンボケを補正することが出来るのですが……って最新のLightroomなんて手ぶれまで補正してくれます。
何から何まで便利になりましたね。
でも、本来は写真をブラシアップする為に使いたい機能ですね。
⑦ノイズ低減
明るさを持ち上げたり、明瞭度やシャープネスを補正すると、ノイズが目立つようになります。
そうじゃなくても、長時間露光やISO感度ガン上げすると、ノイズが目立ちますね。
ノイズ低減は、ノイズをぼかして見えなくする機能なので、当然、解像感が悪化します。
シャープネスを上げて、その上ノイズ低減をやるというのは……無意味ではないですが、何もやらない方がいい場面の方が多い気がします。
⑧彩度
鮮やかな写真にすると、なんか、めっちゃ上手い写真に見えるよね!
だから、画質が良い写真で喜んでいると、初心者臭く見えるんだって……と言う愚痴はやめましょう(ん
Lightroomだと、「自然な彩度」と「彩度」の二つがありますね。
他の現像ソフトでは、「自然な彩度」って名前が別の名前になっていますが、基本的にやる事は同じです。
「自然な彩度」は、彩度の低い箇所を持ち上げて全体的な彩度を整える機能です。
無印の「彩度」は、全体の彩度を一気に持ち上げる事になります。
上げるばかりが良いばかりではなくて、むしろ一気に下げてしまってみると言うのも手です。
まぁ、ゼロにするとモノクロになるのですが……この辺は別の項で。
彩度をいじりますと、全体的な印象が変わってきまして、WBを補正する必要が出てきたりします。
そして、WBが変更されると明るさが変わってきて……と同じような作業を繰り返すことになります。
まぁ、迷宮入りですね。
どこかでスパッと決めなくてはならないのですが。
⑨トーンカーブ
実はですね、この辺りの設定を一つの箇所で修正できたりするんですよ!
それが、トーンカーブ。
RAWいじらなくても、PhotoshopElementsにJPEG放り込んで修正できる!
と言うより、コレに関しては「トーンカーブいじりゃぁええんじゃね?」みたいな話が出てきます。
それで行けるなら、それで行ってもいいんですけどね。
トーンカーブは、いじりすぎるともう、何が何だか分からなくなって、迷宮に迷い込む可能性が高いです。
いやまぁWBでも充分迷宮の中に這入り込む訳ですが、こっちの方は、踏ん切りが付かないと延々といじり倒して、最終的に、「何もしない方が良かった」ってオチが待ち構えるので、あんましオススメ出来ません。
印刷屋さん曰く「素人が下手に触るより、何もいじらない写真を寄越せ」みたいな場合があるようです。
と、言うのも、トーンカーブをいじると、元のデータから「いらんと判断した部分」がばっさり切り捨てられるからです。
要するに、後で修正する余地がなくなるんです。
RAWいじっている分にはいいんですけど、JPEGはどんどん情報が削られるので、色々と考え物なんですね。
尤も、RAW現像でもトーンカーブいじれるんで、色々やって遊んでみて下さい。
メタリックな写真とか、ファンキーな写真がいとも簡単に!
そう、簡単に一気に調子が変わるんで、少しずついじっては元に戻して……なんて作業が難しくなります。
そう言う意味でも、他の設定の方を優先した方が良さそうです。
⑩モノクロ
RAW現像でも、JPEGのレタッチでも、要するに彩度を取り去るだけなんで簡単っちゃぁ、簡単なのですが……そう簡単な話でもないんです。
どの辺の明るさを中心に持ってくるかと言う事や、コントラストの強さを何処に持ってくるかと言う事で、かなり奥の深い設定が必要になります。
また、グレーとなる色合いを、シアンっぽく、緑かぶりっぽく……なんて変更してやるだけで、雰囲気が一気に変わってきたりします。
モノクロにすると、途端に玄人っぽく感じるので、時々使っては楽しむって手もあるのですが、ソレを芸術的だなんて勘違いすると……怖いです。
本気でモノクロで撮ろうとすると、カラーとは照明やカメラの設定を変えて撮らなくちゃいけないんですよね。
具体的には、ポートレートが分かりやすいでしょう。モノクロは陰影を大切にするのに対して、カラーは顔から影を消すように照明を用意します。
デジタル時代になって、色々と楽になりましたが、モノクロはやっぱり難しいです。
うっかり撮った写真をモノクロにして、案外良かったから……と言う使い方は、遊び程度にしておいた方が良いでしょう。
何故なら、それは現像処理を通じた経験ではなく、タダの運だからです。
モノクロで行きたいと思うなら、(RAWを残すにしても)モノクロ出力設定のJPEG出力にして、その場でモノクロの絵を確認しながら撮影した方がよさそうです。
※最後に
とは言え、救済策に甘えまくるのも、成長にならないので、何が悪かったのかを噛み締めるように修正する事にしましょう。
あと、現像ソフトには、今回紹介した設定の数倍のパラメーターが用意されていますので……全部いじると、どうにもなりません(汗
遊ぶのもほどほどに。
2013年11月3日日曜日
一眼レフ難民? やっちまってから始める写真講座⑤
15.我々は何を得れば納得できるのだろう?
結論から言えば、そんなものが分かれば、今すぐ、その道に向かって、寄り道もせずに真っ直ぐ歩んでいる。
こんなエントリーを書く暇などないし、また、諸君もこの拙文など読むに値しないだろう。
目的がある人は幸福であるというのは、この点に於いても明確である。
しかし、我々は――ここまでに指し示してきた、幾つかの満足できるポイントを、敢えて見逃した我々は、生半可なことで納得など出来ないだろう。
16.先ずは最低な水準
賢明なる諸君は、卑怯な方法で撮影した写真を見て、「僕は正々堂々と間違った事をせずに撮ったのだから、それで満足だ」などという、小さな小さな自尊心を守るような人ではない。
人として、撮影者として誤ったことをしないというのは、せいぜい、その写真に対して負い目を感じずに済むと言うだけである。
それは人として正しいというだけで、当然あるべき水準に他ならない。
そうではない様な人は……我々の手でどうにかすべき問題ではない。
ただ、仲間内での"常識"に慣れてしまうと、その水準を見失ってしまう事も多い。
何処かの学校の鉄道同好会が、顧問の先生ごと鉄道施設に侵入して騒ぎになった事件がニュースになった。
これは、彼らの中では、それぐらいが許される水準だったのだ。
だから、容易に群れてはならない。
普段は喋らないようなオタクが、自分のジャンルに関しては、必要以上に喋るという事がある。
これは、単に仲間と見定めると、孤独さから解放されて、浮き足立っているからだ。
これと同じように、孤独であった人が、同じような人間と同じ場所にいると、視野が狭くなってしまう傾向にある。
こういう時、人はよく失点を犯す。
また、そのような状態は、孤独である状態に比べれば随分と気持ちの良いもののように錯覚するので、うっかりした事でさえ、実によく容認するようになる。
そして、皆が皆で、その状態に置かれると、外部に対する失点を無視するようになるのだ。
勿論、普段から群れ慣れている人は、前者のような愚かさを捨て去っているかも知れない。
また、充分に経験を積めば、後者のような失敗から、身を遠ざける事も出来るかも知れない。
君が、その点に於いて、実によく人と付き合い、また、多くの失敗を経験しているという時、何も恐れる心配はないだろう。
しかし、こうした心配を抱かない人に限って、そのような経験を持ち合わせていないか、或いは経験から学習することを知らない人であったりするのだ。
先の同好会の顧問は、学校の先生であり、年齢的にも成熟した大人であるはずだ。
しかし、大人というのは、自己の確信を持って大人だと叫んでいるうちは、まだ危険な状態なのだ。
何事も経験を積まなければ、そのような危険な状態から脱することは出来ないから、その危険に果敢に挑むと言う道もあるだろう。
だからこそ、群れる事を甘く見てはいけないのだ。
君が、大人であるにせよ、そうでないにせよ、最低な水準は、所詮最低な水準である。
つまり、こんなものは、実にどうでもいい話であり、そんな水準で満足しているうちは、"最低"の近傍に貼り付いたままなのだ。
撮り鉄を見て、「俺はあいつらよりマシだな」などと納得するなら、その人は、その位置から成長することは出来ない。
自分が大人だという確信は、自己のルールを定め、そこに安住する事である。
人は、大人になると同時に老化する。
老化とは、乾き、縮み、硬くなることだ。
しなやかさを失い、己を再構築する事の出来ない、ただ、熱的死を待つばかりの存在なのだ。
17.ハッタリ
極端な事を言うと、今日の写真作品はハッタリの世界とも言える。
下手くそな写真も、意図的にそうしたんだと強く言い張れるなら、それはそれで、一つの作品である。
様々な試みがある。
撮影条件を一切固定して、それで撮影出来ない被写体は撮らないと言う態度で撮影した写真集、近視である自分の目と同じ距離にピントを固定して撮った写真集などがある。
最近では、手ぶれ補正に反して、手ぶれを増幅させるなんて写真もある。
或いは、トイカメラだって、その「出来の悪さ」を「味」だとか「カメラの個性」だとか言って、肯定した所からブームが始まる。
言ってみれば、自分がそれを撮った動機や、撮り続ける理由を説明できなければ、ただ「綺麗な写真」を撮ったと言うだけに過ぎない。
尤も、世間は綺麗な写真を求めるし、現実的に、そう言う写真の方がやっぱり素晴らしいのだけど……
勿論、色々考えた結果、好きなものを綺麗なように撮るのが好きなのだという結論に入るなら、それはそれで素晴らしいことだし、そのような結論に至れば、"かつてそうでなかった時"よりも、より迷いなく写真が撮れるはずだ。
何故なら、その方向に集中することが出来るから。
18.自己追求
しかし、ここで留意しなければならないことは、人間というのは、よく自分に嘘を吐くと言うことである。
それは人に対してするより頻繁に、そして自身は、人にされるよりも容易に騙されるのだ。
だから、こうしたハッタリをキメるとき、自身を騙していてはいけない。
形振り構わず、強弁しろと言う事ではない。むしろ、そうしなければ写真が撮れないと言うのなら、それは自分に対して、あまりにも稚拙な嘘を用意してしまった事を証明する事に他ならない。
迷わないことは重要だが、迷いを忘れることは危険だ。
迷っていない状態とは三つある。
・視野が狭くて、迷っている事に気付いていない状態
・闇の気配を感じつつ、目を瞑って走っている状態
・全てがクリアになって、四方八方に闇が残っていない状態
何かに気付き、視野が広がり、迷いが消え去る。
そうして、更に未知の世界へ足を踏み出し、そして、またそこで、暗闇と出会うのだ。
そうした時、少しだけ後戻りしてみるのも悪くないかも知れない。
その昔、撮る事を捨ててしまった被写体に舞い戻ってみるのも悪くない。
また、馬鹿にしていた技法やカメラを見直すと言う事もある。
難しいことばかりが探求ではない。
探求とは、常に己を革命し続けることなのだ。
2013年11月1日金曜日
2013年10月27日日曜日
昨日は鶴舞公園に
2013年10月22日火曜日
フェイリス・ニャンニャン
送信者 他いろいろ |
それなりに再現しているつもり。
問題点は、バックルに丁度良いものが見つからなかったこと、あと、パニエを作っていないんで、裾の広がりが微妙な所。
まぁ、作れって事なんだけど、材料とか足りないのよ……同情するなら(ry
2013年10月16日水曜日
2013年10月13日日曜日
今更ながらEye-Fi+iPhoneまとめ
購入経緯は兎も角、ちょっと前から家にあったEye-Fi Pro X2。
転送がイマイチたるい感じがして、全幅活用せぬまま今に至る訳ですが、ふと思い出したように、iPhoneに転送してみようという事になりまして、結果だけ報告。
①Rawで撮っても転送される。
重たいけど転送されちゃうんです。しかも、ちゃんとカメラロールの中に入っちゃう。
因みに、転送するには、転送したい写真にプロテクトを付けて、Eye-Fiのアプリを立ち上げるだけです。
それで、コレをTwitterに投稿したのがコレ。
(https://twitter.com/FakeZarathustra/status/388666517895671809)
ちゃんとJpegになってますね。
でも、大きさは360x480になっちゃうんですよねぇ……
Google+でも試したけど、こっちは480x640にリサイズされますね。
じゃぁ、編集してしまえば行けるのか? と言うと、そうでもなさそうです。
カメラロールでフィルターを掛けたり補正したりするのは出来るんですが、コレって新しいJpegファイルを作っているんじゃなくて、編集履歴をかぶせているだけなんですよね。
画像がその分劣化しないという意味で嬉しいんですけれど。
②Raw+Jpegで撮ると両方転送される。
Jpegの方は軽々飛んでいきますね。
勿論、転送はJpegだけにするって設定も出来ます。
Eye-Fiアプリの「歯車アイコン」→「Eye-Fiカードの設定」→「Eye-Fiカード」→「画像の受信」で、Rawと画像、動画の切り分けが出来ます。
当然、Jpegの方も編集やTwitter等への投稿が可能です。
画像の大きさは、iPhoneのカメラで撮った写真も同じですが、720x960にリサイズされます。
写真共有サービスによって、リサイズの具合は変わってくるでしょうけど、取り敢えず速報を出すだけなら、カメラ側はJpeg最小設定で十分だと思います。
⑤Dropboxで転送されるのはjpegのみ(?)
別のアプリを使うとか裏技があるのかもしれませんが、公式のアプリではE-P1のRawファイルは転送されませんでした。
じゃぁ、メールで送ればどうにかなるかな? とか思ったのでやってみたのですが、ファイルが壊れてしまいました。
iPhoneには入っているので、PCのUSBで接続して直接引き抜く以外、回収する術はなさそうです。
⑥踏み台になる何かを使う
D300に、SD-CF変換カードを使うと、SDカードを使って写真を撮る事が出来ます。
しかし、Eye-Fiを使った場合、電波の遮蔽が凄いのか、全然送れません。
自宅の無線LANルーターのアンテナに近づけて、やっと転送が始まるぐらい……iPhoneを真横に置いて、試してみましたが、こっちはEye-Fiの存在は確認すれど、送信に至りませんでした。
では、こういう場合どうしたら良いのかというと、目的の写真にプロテクトを掛けた上で、転送可能なカメラに放り込んでやればiPhoneに目的の写真を流し込んでくれます。
D300で撮ったRaw画像は、E-P1で閲覧する事は出来ないのですが、それでもちゃんと転送はしてくれました。
⑦TIFFに変換?
しかし、(SDカードを直接見ると)ファイル名は「DSC8211.NEF」になっていたのに、iPhoneを通すと、ファイル名が変換されてしまっているんです。
iPhoneにUSBケーブルぶっ挿して、直接ファイルをダウンロードすると「IMG_0660.TIF」になっています。
Dropboxを使うと、Rawファイルも転送してくれるのですが「2013-10-12 18.24.50.tiff」なんてファイル名になっています。
勝手に変換しているのか?
と思って、ファイルの重複検索にこれらのファイルを放り込んでみると、三つとも全く同じファイルだと言われます。
つまり、拡張子とファイル名が勝手に変わるだけなんです。後から、直せば別にどうでもいいっちゃいいんですけど、なんか気持ち悪いですね。
いずれにしても、RawファイルをiPhoneから使う事はないので、無視してもいい問題なのですけど。
普通にE-P1から直接投稿する分にはかなり楽。
その時は、Raw+Jpegで撮影して、Jpegだけ転送って形になりそう。
しかし、出先で写真をどうしても上げなくちゃならないなんて状況ってあんましないからなぁ。
大体、オフ会や撮影会の類、或いは旅行に出るという事もちょっと考えにくい訳で、そう言う意味で僕がコレを活用する場面はないだろうなぁと。
何だかんだで、とりわけ難しい操作が発生する訳でもないし、普通のコンデジでも使えるので、ソニーのQX100やQX10買うよりマトモな選択肢でしょう。
転送がイマイチたるい感じがして、全幅活用せぬまま今に至る訳ですが、ふと思い出したように、iPhoneに転送してみようという事になりまして、結果だけ報告。
先ずはE-P1でのお話
①Rawで撮っても転送される。
重たいけど転送されちゃうんです。しかも、ちゃんとカメラロールの中に入っちゃう。
因みに、転送するには、転送したい写真にプロテクトを付けて、Eye-Fiのアプリを立ち上げるだけです。
それで、コレをTwitterに投稿したのがコレ。
(https://twitter.com/FakeZarathustra/status/388666517895671809)
ちゃんとJpegになってますね。
でも、大きさは360x480になっちゃうんですよねぇ……
Google+でも試したけど、こっちは480x640にリサイズされますね。
じゃぁ、編集してしまえば行けるのか? と言うと、そうでもなさそうです。
カメラロールでフィルターを掛けたり補正したりするのは出来るんですが、コレって新しいJpegファイルを作っているんじゃなくて、編集履歴をかぶせているだけなんですよね。
画像がその分劣化しないという意味で嬉しいんですけれど。
②Raw+Jpegで撮ると両方転送される。
Jpegの方は軽々飛んでいきますね。
勿論、転送はJpegだけにするって設定も出来ます。
Eye-Fiアプリの「歯車アイコン」→「Eye-Fiカードの設定」→「Eye-Fiカード」→「画像の受信」で、Rawと画像、動画の切り分けが出来ます。
当然、Jpegの方も編集やTwitter等への投稿が可能です。
画像の大きさは、iPhoneのカメラで撮った写真も同じですが、720x960にリサイズされます。
写真共有サービスによって、リサイズの具合は変わってくるでしょうけど、取り敢えず速報を出すだけなら、カメラ側はJpeg最小設定で十分だと思います。
⑤Dropboxで転送されるのはjpegのみ(?)
別のアプリを使うとか裏技があるのかもしれませんが、公式のアプリではE-P1のRawファイルは転送されませんでした。
じゃぁ、メールで送ればどうにかなるかな? とか思ったのでやってみたのですが、ファイルが壊れてしまいました。
iPhoneには入っているので、PCのUSBで接続して直接引き抜く以外、回収する術はなさそうです。
D300でやる場合
⑥踏み台になる何かを使う
D300に、SD-CF変換カードを使うと、SDカードを使って写真を撮る事が出来ます。
しかし、Eye-Fiを使った場合、電波の遮蔽が凄いのか、全然送れません。
自宅の無線LANルーターのアンテナに近づけて、やっと転送が始まるぐらい……iPhoneを真横に置いて、試してみましたが、こっちはEye-Fiの存在は確認すれど、送信に至りませんでした。
では、こういう場合どうしたら良いのかというと、目的の写真にプロテクトを掛けた上で、転送可能なカメラに放り込んでやればiPhoneに目的の写真を流し込んでくれます。
D300で撮ったRaw画像は、E-P1で閲覧する事は出来ないのですが、それでもちゃんと転送はしてくれました。
⑦TIFFに変換?
しかし、(SDカードを直接見ると)ファイル名は「DSC8211.NEF」になっていたのに、iPhoneを通すと、ファイル名が変換されてしまっているんです。
iPhoneにUSBケーブルぶっ挿して、直接ファイルをダウンロードすると「IMG_0660.TIF」になっています。
Dropboxを使うと、Rawファイルも転送してくれるのですが「2013-10-12 18.24.50.tiff」なんてファイル名になっています。
勝手に変換しているのか?
と思って、ファイルの重複検索にこれらのファイルを放り込んでみると、三つとも全く同じファイルだと言われます。
つまり、拡張子とファイル名が勝手に変わるだけなんです。後から、直せば別にどうでもいいっちゃいいんですけど、なんか気持ち悪いですね。
いずれにしても、RawファイルをiPhoneから使う事はないので、無視してもいい問題なのですけど。
結論としては
普通にE-P1から直接投稿する分にはかなり楽。
その時は、Raw+Jpegで撮影して、Jpegだけ転送って形になりそう。
しかし、出先で写真をどうしても上げなくちゃならないなんて状況ってあんましないからなぁ。
大体、オフ会や撮影会の類、或いは旅行に出るという事もちょっと考えにくい訳で、そう言う意味で僕がコレを活用する場面はないだろうなぁと。
何だかんだで、とりわけ難しい操作が発生する訳でもないし、普通のコンデジでも使えるので、ソニーのQX100やQX10買うよりマトモな選択肢でしょう。
2013年10月12日土曜日
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