2014年5月11日日曜日

写真そのものより、写真について何やら語った方が幾らかPVが多い件

 まぁ、私の写真がヘタクソor分かりにくい的なオチなんだろうけど、なんだかなぁ。

■"シンプルということ" by Ken Rockwell を日本語に訳した

 とか読んで、一層、そう言う気持ちが深まる。
 個人的にはD300よりはRollei35Sで撮ってた方が撮りやすい感じなんですけどね。


 スナップなんてモノは、(電源入れて、)露出と構図決めて、さっと撮る事が望ましい訳で、あれやこれや考える暇はないし、する必要もないんだよなぁ。

 カメラのカタログやら操作ガイドのムックなんか読んでいると、「アレをやってみたい、コレもやってみたい、世の中のありとあらゆるモノを写真にしたい」 って気持ちになるのは、分からないでもないが、しかし、継続的に同じモン撮らない場合は、二度と撮らないぞ。

 それに、誰かの撮った写真の真似事なんてしても、自分がゼロからそれを発掘した訳じゃないんだから、何の意味もないだろう。
 これは、この前書いた、撮影条件をやたら聞きたがる人の話にも触れたことだ。


 野球選手は、プロになっても素振りをしているけれど、(当然身体を温めるって意味もあるが、)その所作を身体に覚えさせる為の練習なんだよなぁ。
 身体が覚えれば、身体を動かすことに向けられた意識を、一番大切な事に集中させられる。

 カメラも理想的な話、身体が応える事で、構図を考える事なく調和の取れた構図を得ることが出来るし、その分、自分が何を撮っているのかという事に意識を向けられるはずだ。
 決定的瞬間を、カメラの操作によって逃すこともなくなるし、無駄な写真を量産しなくても済む。


 我々はカメラの複雑な操作方法を覚える事で、得意になっていないだろうか?
 そんなものは、写真の出来には何の意味もないことだ。
 我々は、カメラ操作の技術者になりたいのではなく、写真による表現者になりたいのではないのか?