2015年5月2日土曜日

今日の散歩と児童遊園考察

送信者 散歩~徒歩圏内

 誰も草むしらないし、誰も遊ばないってんで、シロツメクサだらけの公園があった訳だけど、こういう公園(児童遊園)の手入れの具合を見ると、街の環境が見えてくるなぁと思う。

 ここは、東区白壁、平たく言うと昔からのお金持ちの街ですわ。
 公園の施設自体は綺麗だし、汚されたり壊されたりした形跡は全然ないから、公園そのものに対する感心自体がないんだろうなぁ。
 それ以前に、子供が少ないのだろうというのもあるかな。いても、あんまし外で遊ぶ時代じゃないし。(子供を守る為というのもあるし、子供が嫌いな連中の所為でもあるのだが)

 歓楽街が近かったり、人間の程度が低い所なんだろうなぁって場所の公園なんかだと、落書きだのゴミだのと言う不快な印が多い。
 これが、古くからの下町になると、近所の誰かしらが手入れしていて、割と綺麗だったりする。(と言っても、子供を見かける事も少ないが)


 それにしても、何でこうも子供に厳しい時代になったものかしらと。
 馬鹿な大人は、自分の了見の狭さを棚に上げて、子供に対する苦情を申し立てるけど、何故そうなったのか考えないのだろうか?
 とりわけ、四十代、五十代の人間は、彼らや彼らの親が自分の年金の支払いを肩代わりするのだから、その辺をしっかり肝に銘じなくちゃならない。

 年寄りが敬われるのは、敬われるに値する人格と行動があった時である。
 そして、そのような老人は、常に自分より若い世代に対する愛を持っている。

君子は仁を心の中に保ち、礼を心の中に保つ。仁の人は、他人を愛することができる。礼を身に付けた人は、他人を敬うことができる。そして他人を愛する人は、他人からも愛されるものだ。また他人を敬う人は、他人からも敬われるものだ。
孟子, 離婁章句下, 二十九

 この章では、仁も礼もない人間に関わるだけ無駄、そんなモノに対する憂いなど無用だと説いている訳だけど。