2014年11月29日土曜日

Ai Nikkor 45mm F2.8P

 カメラ一台だけ持って散歩に出るには丁度良いレンズだなぁって事で、軽く幾つか。

送信者 栄界隈(久屋大通周辺)

2014年11月23日日曜日

三連休ではないが

 小旅行。

送信者 その他の場所

 先ずは、関市のテキサスバーガー66。
 まぁ、美味いし、ボリュームが凄いし、まさに言葉通り格別なハンバーガー屋さん。
 そこいらのハンバーガー屋に、なかなか入りづらくなる(汗

 その後、すっ飛んで岩村城跡へ。
 岩村と言えば、清酒女城主と、松浦軒のカステーラな訳で、普通なら、一本ペロっと行っちゃう訳ですが、昼飯(朝抜きだ)が夜まで響くレベルなので、お持ち帰り。







 まぁ、こんな感じ。
 着ぐるみの写真は、おいおいツイッターで。

2014年11月21日金曜日

元を取るというか

 コスパって言葉を、コスプレ衣装屋さん以外の意味で、好んで使う人はなぁ……

 先日、ローカルの情報番組で、「元が取れるランチ」とか「一番コスパのいいメニューは?」とかやっていて、クソ低俗と低脳さ具合を見せつける感じで辟易した。


 大体、元が取れるって感覚が理解出来ない。
 「元」って、どう規定しているんだ? 原価っつったって、製造原価なのか、何なのかよく分からない。
 巷で言われる、「マックの原価は~」で言われるような、原材料費換算で言うなら、千円分の食材をバイキングで喰おう、二千円分のお酒を飲み放題で飲もうとするのは、かなり無茶をしなくちゃいけない。
 まぁ、あの手合いの言う原価って、その程度のモノの考え方なんだけどね。

 仮に、「元が取れる」喰い方をしたところで、ソレが一番喰いたかったものなのかどうかと考えると、絶望的なんじゃないかな。胃袋の大きさなんて知れているわけだし。
 或いは、居酒屋の飲み放題で、安い酒を「元を取るぞ」のかけ声のために、鯨飲して、次の日二日酔いに苦しむとか、どう考えても、自分にとって、何かプラスになんてなってないよね? と。

 それとも、「店主に勝った」「店に嫌がらせをしてやった」ぐらいの気持ちで、「原価割れ」を狙っているのだろうか? だとしたら、実に見下げ果てた精神だと言えよう。



 で、なんで、こんな話が、写真ブログネタになるのか? 最後のオチも、そろそろ気づき始めている向きもあると思うが、もう少し付き合って戴こう。

 よく耳にする言葉で、「人が欲しているのは1/4インチのドリルではなく、1/4インチの穴だ」ってのは、カメラ界隈で言い直せば、「人が欲しいのは、よいカメラではなく、良いカメラを選んだ自分の判断である」と言えるだろう。

 割れ煎餅があまりにも売れるから、普通の煎餅を割って売ってるってのは、人々が「高い煎餅を安く買える賢い消費者」って気持ちを充足させているからなんだろう。
 同じ包装、同じ値段で割れてない煎餅売っても、そんなに売れない筈だ。

 自分の消費行動に、何かしら「合理的」な理由を見つけ出そうとしている連中は、何に付けても、自分の行動を、自分の都合のいいように理由付けするだろう。

 しかし、そう言う「合理性」なんて、真実的な合理性には敵わないし、そもそも、人間の妙味とは、不合理にこそ存在している。


 畢竟、趣味なんてモノに、合理性なんてモノを求める時点で、それ自体が趣味になっているわけじゃない。
 それは、「男らしい硬派な趣味」だの、「デキる大人の洗練された趣味」だのと言うように、自分を外に向けて説明して、自分を納得させるだけのものになっている。
 そう言う、自分の無趣味を誤魔化すための趣味なら、無趣味の方がいくらかマシである。


 勿論、人生万事趣味と思い込むのも、やたらと疲れる話で、人は何処に拘りを持ち、何処に無配慮になるかは自由である。
 僕がカメラのレンズがどうこうと思っていて、自分の服に気を配らないのと同様、他の人はカメラの事なんてどうだって良いが、自分の着る物に熟考を重ねる人だっている。
 それは、それぞれに自分を高揚させているのだから、結構な事じゃないか。

 人間に与えられたリソースは少ない。
 それ故に、他人の瞳の中の自己肯定なんかに心血を注ぐよりも、自分自身に向き合った自己肯定にあらん限りの力を割り振るべきなのではないか。

2014年11月5日水曜日

撮られる視点とか

送信者 その他の場所
って事で、連休を利用して、那須温泉まで行ってきましたってお話し。

 とは言え、着ぐるみブログじゃないから、その辺は深く踏み込まないけど、少しは……





 近頃、着ぐるみ着ながら撮影するとか、歩きながらマニュアルレンズで撮影とか、微妙にエクストリームスポーツ化しつつある我が趣味ですが……
 撮られる側に立つとこんな視点なんですよと。

 奇抜な格好をすれば、カメラを向けられるけど、写真を撮る撮られる以外の遊びももっとあって欲しいかなぁと思う日々。

2014年10月27日月曜日

レンズを捨てて街に出よう

 「もしもの時の為に望遠」ってどうなんだろう? 「取り敢えずビール」みたいなものなのでしょうか?

 旅行中に、山で猿を見かけるかもしれない、空に猛禽類が飛んでいるかもしれない……と言う可能性に対応するために、使うかどうか不明な重い望遠レンズを持つ必要があるだろうか?

 野生動物にしても、何にしても、望遠レンズを使うような撮影で、「コレ」と言える写真を手にするには、しっかりした準備と、タイミングを伺う時間が必要なのではないか?
 決定的瞬間とは、偶然性に期待することではなく、偶然に己が接近していくことのように思う。


「いや、それでも、スーパー林道走ってたら、鹿の姿が見えたら、取り敢えず撮るじゃない?」
 と、言うのは凄く分かるし、僕だって、手元にスマホしかなくても撮ると思う。
 そうして、「そういや、この前ドライブしたら、鹿の親子見かけてさ」なんて言いながら、微妙な写真を見せたりするだろう――そんなのは酒飲み話だし、画質なんかよりも、話の枕にするには充分なわけじゃない。

 だから、「もしもの為」は分かる。けれど、それはやっぱり「作品」じゃないよね? と。

 否、単に記録写真として必要というならば、高倍率ズーム一本に絞ればいい訳だし、もっと踏み込めば、ネオ一眼とか言われる高倍率ズームのコンデジでいいんじゃないかな。


 別に、記録写真を馬鹿にするつもりじゃなくて、「作品」なのか「記録」なのかを、その都度分けて考えないと、何もかもがチグハグな写真になってしまうと思うわけですよ。

 記録写真に要求される絵と、作品としての絵って別だし、絵が変わるという事は、当然、要求される技術も異なる訳で、その辺をはっきりさせなくちゃ。


 そういう意味で、「スマホで料理を綺麗に撮ろう」ってのは、クソリプよろしく「綺麗に撮りたいなら一眼レフ用意しろよ」みたいなのは無意味で、「気軽に撮って、人に自慢出来る」事が目的なんだよと。
 それなら、「Snapseedで加工すればいいじゃない?」ぐらいの事は言えるし、「このカメラアプリ使えるよ」とかその辺を紹介すると喜ばれるのです。


 要は、オタク化すると、自分のやっている事が全てのように見えてきてしまう危険性があるわけですよ。

 乗り鉄にダイヤを聞くと、鉄道会社の都合みたいなどーでもいい情報を付帯したり、PCが欲しいって話すると、グラボの性能がどうのうって話をする人がいますね。でも、一般人からしたら、早く安く楽に行ける事が重要だし、PCも目的に合う限りで安いのが欲しい訳なんですよ。

 その辺からすると、「もしもの望遠」ってヤツは、東京の人が出張で札幌行くのに、わざわざ電車で行ったりするようなものなんじゃないかな。
 或いは、楽しくて酒を飲むのと、ただ飲むと言う行為のためにだけ酒を飲むのの違いや、SNSで疲れてしまうのにも似ているかな。

 趣味ってのは、自分を自由にする為に取り組むもので、それに拘束されたら中毒だよ。

2014年10月24日金曜日

今日の名駅

送信者 名古屋駅界隈

 先回「望遠あんまし使わねぇし!」とか言ってて、いきなり300mmを持ち出した件。
 でもこれ、Photoshopで二枚貼り合わせてあるし、そう言う意味では、あんまし望遠じゃない……って、85mm寝かせれば良かったんじゃないかとか色々。